第136話第九十九段 堀川相国は
(原文)
堀川相国は、美男のたのしき人にて、そのこととなく過差を好み給ひけり。
御子基俊卿を大理になして、庁務おこなはれけるに、庁屋の唐櫃見ぐるしとて、めでたく作り改めらるべきよし仰せられけるに、この唐櫃は、上古より伝はりて、その始めを知らず、数百年を経たり。
累代の公物、古弊をもちて規模とす、たやすく改められがたきよし、故実の諸官申しければ、その事やみにけり。
(舞夢訳)
堀川相国は、美男のうえに裕福な人であった。
全ての事柄において、華美を好んだ。
ご子息の基俊卿を検非違使の別当に任じたけれど、検非違使庁の実務は相国が行われた。
ある時に、検非違使庁にあった唐櫃を見苦しいとして、立派に新調するようにと指示を出したところ、その唐櫃は古代から伝わるものであって、起源そのものは不明になっているけれど、数百年も経たものである。
代々に伝わって来た公用の物については、古びていたんでいるものを名誉とする。
そのため、おいそれと新調してしまうことはできないと、故実に通じた役人たちが申し上げると、その新調の指示は沙汰やみとなってしまった。
※堀川相国:太政大臣久我基具。永仁5年(1297)没兼好氏が在俗時に仕えた基守はその長男。
※大理:検非違使別当の唐名。
※規模:「きも」と読み、模範・規範、または名誉、誇りの意味。
※故実の諸官:故事来歴に詳しい官僚たち。
太政大臣自身が検非違使庁の実務を、その任をまかせた子息ではなく、行ってしまうことに疑問があるけれど、子息が信じられないのか、自分自身でやりたかったのかは不明。
ただ、検非違使庁の実務を行うにしても、華美好きは変わらない。
置いてあった古びた唐櫃を、立派な物に新調せよとの指示。
しかし、それを何百年も使い守って来た官僚の反対にあい、断念。
上古の時代に憧れる兼好氏には、良い話と感じられたのだろう。
また、武家政権成立後に、検非違使庁は形骸化していた。
その中でも、上古からの歴史がしみ込まれた唐櫃を守り抜く。
検非違使庁の官僚の、心意気なのかもしれない。
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