第53話第三十六段 久しくおとづれぬころ

(原文)

久しくおとづれぬ比、いかばかりうらむらんと、我が怠り思ひ知られて、言葉なき心地するに、女のかたより、仕丁やある、ひとり、など言ひおこせたるこそ、ありがたくうれしけれ。

「さる心ざましたる人ぞよき」と、人の申し侍りし、さもあるべき事なり。


(舞夢訳)

女性の家を長い間訪れなくなってしまって、彼女はどれほど自分のことを恨めしく思っているだろうと、自分自身の至らなさが気になって、弁解の言葉さえ浮かばない状態の時に、その女性のほうから、

「下男でもおられましたらお貸しいただけないでしょうか、一人でかまいませんので」

などと、言って来た。

全く予想外のことではあったけれど、実にうれしく感じた。

「私は、こういう気立ての女性が好きなのです」

そんなことを誰かが言っていたけれど、全くもって同感である。



さて、古来、解釈が様々な段になる。

誰かから、本当にそんな話をされたのか。

あるいは、兼好氏自身のことを、誰かに託して書いているのではないか。

通っていた女性の家を、理由はともかく、間を開けてしまうと、様々な不安が生じる。

その女性から、次に行った時に、責められる。

新しい女ができたの?とかの、詮索もある。

また、男性も、女性にも新しい男性が?との不安もある。


かくして、特に男性は意に反して、ご無沙汰の期間が長くなる。

そして、自分の誠意の無さを、自分に対して責めるようになる。


そんな時に、女性からの連絡。

「下男でも一人」などは、単なる女性の本心の、「貴方が来てください」を直接に言わないだけ。


男性としては、悩んでいた時なので、まさに「渡りに船」、ありがたいなんてものではない。

「ああ、助かった、まだ嫌われていなかった」の喜びに満ちる。


ただ、それは男性側の気持ち。


そんな連絡を出す女性のほうが、ドキドキして仕方がないのだと思うけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る