第89話第六十一段 御産のとき甑落す事は、さだまれる事にはあらず
(原文)
御産のとき
とどこほらせ給はねば、この事なし。
下ざまより事おこりて、させる本説なし。
大原の里の
古き宝蔵の絵に、賤しき人の子産みたる所に、甑落したるを書きたり。
(舞夢訳)
身分の高い御方のご出産の際に、御殿の棟から
後産に時間がかかる場合の、まじないである。
問題なくおられれば、この行為は行われない。
そもそも、身分の低い庶民たちの中から、この行為が広まったものであり、確実な理由などはない。
この行為に使う
古い宝蔵に保管されていた絵に、身分の低い人の出産の際に、
※御産:高貴な女性の出産の敬語。皇子、皇女の出産を意味する。
※
この行為が広まったのは平安末期。
平清盛の娘徳子が安徳天皇御出産の際にも記録されている。
尚、皇子が生まれた場合は南へ、皇女が生まれた場合は北に落したという。
※後産:胎児を包んでいた膜や胎盤が分娩後に体内から排出されること。
※大原の里:左京区の大原、右京区の大原野の説あり。大原が「大腹」を連想したらしい。
甑落としは、そもそも、庶民の風習。
それが平家物語の中で、帝の誕生の際にも行われていたと書かれたために、広まってしまった。
兼好氏は、何を考えてこの文を書いたのか。
こじつけのような「甑落とし」をしたとしても、どれほど効果があるなどの根拠などないではないか、とでも言いたかったのだろう。
大原の里の甑を求めて、大真面目になる人に呆れたのではないか。
「大原の里の甑がなければ無事なご出産などできない、そういう習わしである」などと強弁したのを聞きつけたのかもしれない。
全般的に、兼好氏の記述がシンプルであるのは、そのような行為とか強弁する人たちへの呆れもあるのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます