第88話第六十段 真乗院に盛親僧都とて(3)
(原文)
この僧都、みめよく、力強く、大食にて、能書・学匠、弁説人にすぐれて、宗の法灯なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世をかろく思ひたる曲者にて、よろづ自由にして、大方人に従ふといふ事なし。
出仕して饗膳などにつく時も、皆人の前据ゑわたすを待たず、我が前に据ゑぬれば、やがてひとりうち食ひて、帰りたければ、ひとりつい立ちて行きけり。
斎・非時も人にひとしく定めて食はず、我が食ひたき時、夜中にも暁にも食ひて、ねぶたければ昼もかけこもりて、いかなる大事あれども、人の言ふ事聞き入れず、目覚めぬれば幾夜も寝ねず、心を澄ましてうそぶきありきなど、尋常ならぬさまなれども、人に厭はれず、よろづ許されけり。徳のいたれりけるにや。
(舞夢訳)
さて、この僧都は、容姿抜群で、体力もあり、大食漢であって、能筆であり学問もあり、雄弁であるなど、格別に優秀な人であり、この宗派になくてはならない法灯のような人であった。
ただ、寺の中では、尊敬を集めていたけれど、世間の常識などは軽視するような変人なので、全てに自由気ままで、ほぼ他人に従うなどということはない。
法事をつとめて、その後の饗応の席につく時など、全員の前に御膳が並び終わるのを待つことなどはない、自分の前に御膳が置かれれば、早速一人で食べ始め、食べ終わって帰りたくなれば、ひとりで立ち上がって帰ってしまう。
通常の日の午前、午後の食事についても、他の人と一緒に定時に食べるなどということはせず、自分が食べたい時であれば、夜中であっても暁であっても食べて、眠たくなれば昼であっても、自分の部屋に閉じこもってしまう。
どれほどの大事が発生しても、他人の言うことなど聞き入れず、目がさえていれば、幾夜でも寝ない。
雑念を消し去るためなのか、詩歌を吟じて歩きまわるなど、一風変わった生き方をした人であった。
しかし、それでも他人から嫌われず、全てにおいて一目置かれていた。
それを考えると、この僧都は、徳がきわめられていたのだろうか。
芋頭第一主義の僧都は、変わり者ではあるけれど、僧侶としての実力が高く。周囲から一目置かれていたとのこと。
現実問題として、芋頭(タロイモ)が、そこまで美味しいとか、食べ飽きないとする人は、全くマレな存在。
おそらく、古今東西、この僧都以外にはいなかったし、これからも出てこないのではないだろうか。
もしかすると、そういう浮世離れをした人だから、案外、仏道にもすんなりと入り込め、理解ができたのではないかと思う。
いずれにせよ、こんな僧侶であれば、兼好氏が書き残したくなるのも、よくわかる。
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