第177話第百二十九段 顔回は、志、人に労を施さじ(2)
(原文)
おとなしき人の、喜び、怒り、悲しび、楽しだも、皆虚妄なれども、誰か実有の相に著せざる。
身をやぶるよりも、心を傷ましむるは、人を害ふ事なほ甚だし。
病を受くる事も、多くは心より受く。
外より来る病は少なし。
薬を飲みて汗を求むるには、しるしなきことあれども、一旦恥ぢ恐るることあれば、必ず汗を流すは、心のしわざなりといふことを知るべし。
凌雲の額を書きて、白頭の人となりしためしなきにあらず。
(舞夢訳)
大人における喜怒哀楽は、そもそもが皆、実在のない幻想のようなものであるけれど、誰もがそれを実在のものとして錯覚する「実有」の姿として、執着する。
そして、身体を傷つけるよりも、実は心を傷つけるほうが、人を害することが、甚だしい。
人が病気になるのは、多くは精神的な不調が原因である。
外部的な原因による病気は、少ない。
薬を飲んで汗を出そうとしても、ほぼ効果がないこともあるけれど、一旦恥じいるような事態や怖れるような事態が発生すれば、必ず汗をかいてしまうのは、その心のしわざであることを知るべきである。
凌雲観の額を書き、その怖ろしさゆえ、白髪になってしまった例もあるのだ。
※実有:仏語。全ての物は虚像であるが、実在しているかのように錯覚すること。
※凌雲の額を書きて、白頭の人となり:中国魏の能書家韋誕が、凌雲観という高楼の額を書くため、台に乗せられ、25丈(75メートル)の高さまで吊り上げられた。その結果、恐怖で髪の毛が真っ白になったという故事。
心の傷は、治そうと思っても、なかなか治らない。
そして、いつまでも、その人を苦しめ続ける。
一時的に他人に痛みを緩和されることはあっても、あくまでも一時的なもの。
自分がその痛みを忘れてしまわない限り、一生、心を傷つけ続ける。
では、痛みを忘れる、緩和するには、どうすればいいのか。
様々な解決法がある。
忘れるしかないような、一心に取り組まなければならないような対象に打ち込むこと。
旅に出て、ウミを落とすこと。
別世界で、新しく再出発すること。
様々あるけれど、やってみなければ、わからない。
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