第232話第百六十七段 一道に携わる人(1)
(原文)
一道に携はる人、あらぬ道のむしろに臨みて、「あはれ、わが道ならましかば、かくよそに見侍らじものを」と言ひ、心にも思へる事、常の事なれど、よにわろく覚ゆるなり。
知らぬ道のうらやましく覚えば、「あな、うらやまし。などか習はざりけん」と言ひてありなん。
我が智をとり出でて人に争ふは、角あるものの角をかたぶけ、牙あるものの牙を咬み出だすたぐひなり。
(舞夢訳)
一つの専門の道に関わる人が、その専門外の集まりに出席して、「なんということだ、自分の専門のことであれば、これほど無為に見ているだけにはならないのに」と言ってみたり、心に思うことはよくあることになるけれど、本当に恥ずかしい限りである。
知らない道のことをうらやましく思うのならば、「ああ、うらやましいことだ。何故、この道を習わなかったのだろうか」と言うべきなのである。
そもそも、自分の知恵を誇って取り出して、他人と争うなどの行為は、角のある動物が相手に角を向け、牙のある動物が牙をむき出しにする行為と同じなのである。
そもそも、自分の専門ではない分野の集まりに出て、話す内容がわからないなどの理由で、立腹することそのものが、謙虚さに欠ける。
よほどの自己顕示欲が強い人なのだろうか、とにかく何かを言って、他人に褒められたい人のようだ。
よくわからない分野の話には、言葉を慎むのが、普通の人。
テレビなどを見ていると、専門外の話に、不見識なことを言って、炎上している芸人やら他部門の学者がいるけれど、兼好氏の言う通りで、「気は確かか?恥ずかしくはないのか?」と思ってしまうことが、多々ある。
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