第12話第八段 世の人の心まどはす事
(原文)
世の人の心まどはす事、色欲にはしかず。
人の心はおろかなるものかな。
匂ひなどはかりのものなるに、しばらく衣裳に薫物すと知りながら、えならぬ匂ひには、必ずときめきするものなり。
久米の仙人の、物洗ふ女の脛の白きを見て、通を失ひけんは、誠に手足・はだへなどのきよらに、肥えあぶらづきたらんは、外の色ならねば、さもあらんかし。
(舞夢訳)
この世の人の心を迷わせるということにおいて、色欲を超えるものはない。
人の心は、おろかなものなのだろう。
そもそも、匂いなどは、そもそも実態がないがないというのに、一時の香りをつけるために、衣装に香をたきしめたとわかっていても、何とも言えない香りには、どうしても心がときめいてしまうものなのだ。
故事で、久米仙人が、洗い物をする女の白い脛を見て、神通力を失ってしまったということがある。
この場合は、手足や肌が清らかに美しく色艶が良いのは、香や化粧などと違って、その女性そのものの肉体の美しさになる。
このような本物の美しさに、仙人が魅了されてしまったのも、当然なことと思う。
兼好氏の色欲論である。
かりそめの一時的なものと理解していても、焚きしめた香りには、抗しがたいこと。
久米仙人の場合は、確かに色欲が起こり、神通力を失ったけれど、それは香りや化粧に惹かれたのではなく、自然な美しさを持つ白い脛に感じ入ったとする。
香りを否定するわけではないけれど、厚化粧で香水プンプンの女よりは、自然に白く輝く素肌に、真実の美しさを感じると言いたいのだろうと思う。
特に女性にとって頭の痛い色欲論かもしれない。
素肌が美しいのが、素晴らしいのは、わかりきっている。
けれど、残念ながら、いつまでも美しいわけではない。
年をとれば、誰にでも、変化はある。
それを補おうと、あるいは何とかして相手の気持ちを獲得しようと、化粧をし、香を衣装にしみ込ませる。
やりたくなくても、恥ずかしい思いはしたくないし、できるなら魅力を保ちたいし、ということだろうか。
ただ、そういう色欲が皆無になり、身づくろいがなくなると、一気に老け込む人が多いようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます