第37話第二十三段 衰へたる末の世とはいへど
(原文)
おとろへたる末の世とはいへど、なほ九重の神さびたる有様こそ、世づかずめでたきものなれ。
露台・朝餉・何殿・何門などは、いみじとも聞ゆべし、あやしの所にもありぬべき小蔀・小板敷・高遣戸なども、めでたくこそ聞ゆれ。
「陳に夜の設せよ」といふこそいみじけれ。
夜御殿をば、「かいともしとうよ」などいふ、又めでたし。
上卿の、陳にて事おこなへるさまは更なり、諸司の下人どもの、したり顔に馴れたるもをかし。
さばかり寒き夜もすがら、ここかしこに眠り居たるこそをかしけれ。
「内侍所の御鈴の音は、めでたく優なるものなり」とぞ、徳大寺太政大臣は仰せられける。
(舞夢訳)
衰えた末世とは言うけれど、それでもなお、宮中の神聖な様子だけは、世間とは関係なく、素晴らしいものである。
露台、朝餉、何がしかの殿や門は、名前を聞くだけでも、高貴な雰囲気がある。
普通の民家にも必ずある小蔀や小板敷、高遣戸でさえ、宮中のものは、素晴らしく感じられる。
「陣に夜の準備をするように」などの指示も、また格別である。
夜の御殿の準備につき、「すぐに点火をするように」などの指示があるのも、また素晴らしい。
上卿が陣に指示をして、準備を進めている様子はもちろん、あちこちの役所の下級官吏が、したり顔で馴れた様子で動いているのも、面白い。
格段に寒い夜に、彼らが様々な場所で、居眠りをしている姿も面白い。
「内侍所の御鈴の音は、素晴らしく、真に雅である」と、徳大寺左大臣がおっしゃられたという。
※九重:宮中。
※露台:紫宸殿と仁寿殿をつなぐ大台。屋根がない。豊明節会では、ここで殿上人が乱舞する。
※朝餉:朝餉の間の略称。天皇が略式の朝食をとる場所。
※小板敷:清涼殿の殿上の間の南側の板敷、蔵人や職事が伺候する場所。
※陣:陣の座。政務や儀式の際に、諸卿が着座する場所。
※内侍所:神鏡(八咫鏡)を奉安する場所。賢所とも称される。
※御鈴:内侍所の女官が鳴らす鈴。天皇が神鏡を参拝後、女官は御鈴を三回鳴らす。
※徳大寺左大臣:藤原公孝(1253~1305)。1302年から2年間は太政大臣。その当時の兼好氏は、蔵人。
兼好氏の宮中賛美の文である。
かつての蔵人時代、宮中勤務を懐かしがっているようだ。
猥雑な世俗とは隔絶した、「我が国における至上の世界」が宮中、そしてその諸行事となれば、賛美し、懐かしがらずには、いられないというのが本音なのだと思う。
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