第38話第二十四段 斎王の、野宮におはします
(原文)
斎王の野宮におはしますありさまこそ、やさしく面白き事のかぎりとは覚えしか。「経」「仏」など忌みて、「なかご」「染紙」など言ふなるもをかし。
すべて神の社こそ、捨てがたく、なまめかしきものなれや。
ものふりたる森の気色もただならぬに、玉垣しわたして、榊にゆふかけたるなど、いみじからぬかは。
ことにをかしきは、伊勢・賀茂・春日・平野・住吉・三輪・貴布祢・吉田・大原野・松尾・梅宮。
(舞夢訳)
斎王が野宮におられる時の御様子ほど、優美で情趣深いものはないと、思っている。
「お経」や「御仏」などとの言い方を忌み、「なかご」とか「染紙」とおっしゃられるそうで、それも雰囲気がある。
そもそもにして、全ての神の社は、見逃すことができないような優雅さを感じる。
古色蒼然とした森の様子からは、ただならないものを感じさせられるうえに、神殿の周囲を玉垣で囲み、榊に木綿を掛けてある様子など、誠に尊いものである。
その中でも、特に雰囲気を感じさせる神社としては、伊勢・賀茂・春日・平野・住吉・三輪・貴布祢・吉田・大原野・松尾・梅宮となる。
※斎王:未婚の内親王、女王で、天皇の御代が変わる時に任じられて、伊勢神宮に奉仕する。「源氏物語」の「賢木」にも記載あり。
※野宮:斎王が伊勢神宮に赴任する前に、斎戒を目的に、一定期間籠った仮宮。嵯峨野にあり、その遺跡が現在に残る。
※経、仏などを忌みて~:神域に入るため、仏教的な用語仕様を避ける。
「なかご」:仏が堂の中央に安置するものであることにちなむとの説がある。
「染紙」:経の料紙が黄、黒、紺に彩色されていることにちなむとの説がある。
兼好氏は、吉田神社に関係する卜部氏の庶流出身。
おそらく、神域の雰囲気には、幼き頃から馴染みがあったのだと、思われる。
全般的には、淡々とした文章であるし、強い主観が入っていない。
その理由としては、「神は感じるもの」ということ。
特段に細かな表現を使ったとしても、「人」が表現しきれるものではないと、兼好氏自身が考えていたのではないだろうか。
鬱蒼とした森の中、神域を進んで行くと、誰しも感じる感覚。
ただ、怖ろしく、神に見られている感覚、姿勢も襟も糺すような感覚であって、確かに、なかなか言葉では表現しづらいものである。
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