第141話第百四段 荒れたる宿の(1)
(原文)
荒れたる宿の、人目なきに、女のはばかる事あるころにて、つれづれと籠り居たるを、ある人、とぶらひ給はんとて、夕月夜のおぼつかなきほどに、忍びて尋ねおはしたるに、犬のことことしくとがむれば、下衆女の出でて、「いづくよりぞ」と言ふに、やがて案内せさせて入り給ひぬ。
心ぼそげなる有様、いかで過ぐすらんと、いと心ぐるし。
あやしき板敷にしばし立ち給へるを、もてしづめたるけはひの、若やかなるして、「こなた」と言ふ人あれば、たてあけ所狭げなる遣戸よりぞ入り給ひぬる。
(舞夢訳)
人が訪れることのないような、荒れた家があった。
その家に、とある女性が世間の目をはばかるべき事情のため、特別な何かをするということもなく、籠っていた。
さて、ある人が、その家にお立ち寄りになろうと思われ、夕月夜の薄暗い時間に、ひっそりと尋ねておいでになられた。
すると、その家の犬が大きく鳴き騒ぐのを聞きつけて、使用人の女性が顔を見せた。
「どちらからのお越しなのでしょうか」と聞いて来たけれど、すぐに彼女に取り次がせて、そのお方は家の中に、お入りになられた。
そのお方は、家の中の心細げな様子を見るにつけ、ここに住む女性は、どのような暮らしをしているのかと、実に心苦しく思っていた。
そして、そのまま、そのみすぼらしい縁にしばらくたたずんでおられると、落ちつきのある、しかも若々しい声で、「こちらにお入りに」と言われたので、あけたてに不自由する引き戸から、お入りになられた。
※はばかる事ありて:世間との交渉を慎む事情。近親者の不幸、疾病などが想定されるけれど、それ以外の語れない「男女の事情」もあるかもしれない。
源氏物語にも出て来そうな、いわくありげな、設定。
世間をはばかる若い落ち着きのある女性は誰か、その事情な何か。
訪れるある人は誰か。
使用人の女は初対面なのか、面識がないらしい。
なかなか、謎の設定である。
※荒れたる宿の(2)に続く。
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