第23話第十五段 いづくにもあれ
(原文)
いづくにもあれ、しばし旅だちたるこそ、目さむる心地すれ。
そのわたり、ここかしこ見ありき、ゐなかびたる所、山里などは、いと目慣れぬ事のみぞ多かる。
都へたよりもとめて文やる、「その事かの事、便宜(びんぎ)に、忘るな」など言ひやるこそをかしけれ。
さやうの所にてこそ、万に心づかひせらるれ。
持てる調度まで、よきはよく、能ある人、かたちよき人も、常よりはをかしとこそ見ゆれ。
寺・社などに忍びてこもりたるもをかし。
(舞夢訳)
どこであったとしても、少々の旅行は、目が覚めるような気分になる。
旅中で見かける所々を見て歩き、田舎のような所や山里も、目新しいことが多い。
旅先から、都に便りを求めて手紙を書くのに、
「その事も、あの事も、うまくやっておいて欲しい、忘れないで」
などと、指示をするのも、なかなか面白い。
そのような出先では、全てのことに敏感になる。
持って行く道具類に至るまで、良いものはより良く思うし、有能な人も見栄えの良い人も、普段より立派に見えてくる。
寺や神社に、秘かに籠るのも、なかなか面白い。
確かに旅は、日常とは異なる心理になる。
特に見知らぬ地に立つと、実に新鮮、あるいは不安。
同じ家にずっと変わりなく生活を続けては知り得ないことが、わかる。
何のしがらみもない土地と人々、その接触は、本当の自分、一人の人間としての自分を思い起こさせる不思議な力がある。
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