第78話第五十四段 御室に、いみじき児の(2)
(原文)
うれしと思ひて、ここかしこ遊びめぐりて、ありつる苔のむしろに並みゐて、「いたうこそこうじにたれ」、「あはれ紅葉をたかん人もがな」、「験あらん僧達、祈り試みられよ」など言ひしろひて、埋みつる木のもとに向きて、数珠おしすり、印ことごとしく結び出でなどして、いらなくふるまひて、木の葉をかきのけたれど、つやつや物も見えず。
所の違ひたるにやとて、掘らぬ所もなく山をあされどもなかりけり。
埋みけるを人の見おきて、御所へまゐりたる間に盗めるなりけり。
法師ども、言の葉なくて、聞きにくくいさかひ、腹立ちて帰りにけり。
あまりに興あらんとする事は、必ずあいなきものなり。
(舞夢訳)
法師たちは、見目麗しい稚児を連れ出したうれしさで、あちらこちらと遊び歩いた。
そして、先ほど、破子を埋めておいた苔むした場所に並んで座り、
「本当に遊び疲れてしまった」
「ああ、こういう時は、紅葉を焼いてお酒をあたためてくれる人が欲しい」
「霊験には素晴らしい僧侶たちよ、祈祷をして何かを試みたらどうか」
などと口々に言い合い、破子を埋めた木の根もとに向かって、数珠を押しすってみたり、印を格好をつけて結んだりして、大げさな演技をしながら、紅葉の木の葉をかきわける。
しかし、まったく、そんな物は見つからない。
そこで、埋めた場所を間違えたかと思って、山中あらゆる場所を掘り返して探し回ったけれど、全く見つからない。
その理由としては、法師たちが、破子を埋める姿を見ている人がいて、法師たちが御所に稚児を迎えに参上している間に、盗んでしまったのである。
さて、法師たちは、稚児に対して恥ずかしくて何とも言い様がないし、お互いに口汚なく言い争いながら、腹を立てながら帰ったのである。
このように、事を面白くしようとして、念を入れすぎると、必ず残念な結果になってしまうものなのである。
見目麗しい稚児と遊ぼうと、何人もの御室の法師が、念入りに計画したことは、それを盗み見していた人によって、あっけなく破綻してしまった。
連れ出した稚児には恥ずかしい思いをするし、馬鹿にされたかもしれない。
おまけに、仲間同士で大喧嘩となって、遊びの楽しさなど雲散霧消。
誰かが見ているかもしれないのに、一人くらいは埋めた破子の番をすることを考えなかったのだろうか。
仁和寺の法師たちは、おそらく、そういうことに気がつかない、お人好しの集団だったのかもしれない。
参考:紅葉をたかん人もがな:白楽天の「寄題送王十八帰山仙遊寺」からの引用。
曽於太白峰前住 数到仙遊寺裏来 黒水澄時潭底出 白雲破処洞門開
林間煖酒焼紅葉 石上題詩掃緑苔 惆悵旧遊復無到 菊花時節羨君廻
王質父が長安から山深い居宅に帰るというのを送別し、遥か離れたこの地から、仙遊寺を歌う。
かつて太白山のふもとに住んでいた頃は 仙遊寺には何度も遊んだものだ。
黒い水が澄んでくると、仙遊潭の水底が浮かび上がり
白雲が途切れれば、仙遊寺の、洞に設けた山門が見えた。
秋の風流を求め林の中に分け入り、紅葉をかき集め、それを炊いて酒を暖め
岩の上の青苔を払って 詩を書いたこともある。
なんと残念なことに思うよ。
あの頃の遊びは、もうできないね。
菊の咲くこの時期に、君が帰ってしまうのが うらやましくて 仕方がない。
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