第71話第五十段 応長のころ、伊勢国より
(原文)
応長のころ、伊勢国より、女の鬼になりたるを率てのぼりたりといふ事ありて、そのころ廿日ばかり、日ごとに、京・白河の人、鬼見にとて出で惑ふ。
「昨日は西園寺に参りたりし」、「今日は院へ参るべし」、「ただ今は、そこそこに」など言ひ合へり。
まさしく見たりと言ふ人もなく、そらごとと言ふ人もなし。
上下ただ、鬼の事のみ云ひ止まず。
そのころ、東山より安居院辺へ罷り侍りしに、四条よりかみさまの人、皆、北をさして走る。
「一条室町に鬼あり」とののしりあへり。
今出川の辺より見やれば、院の御桟敷のあたり、更に通り得べうもあらず立ちこみたり。
はやく跡なき事にはあらざめりとて、人を遣りて見するに、おほかた逢へる者なし。
暮るるまでかくたち騒ぎて、はては闘諍おこりて、あさましきことどもありけり。
その比、おしなべて、二日三日人のわづらふ事侍りしをぞ、「かの鬼のそらごとは、このしるしを示すなりけり」と言ふ人も侍りし。
(舞夢訳)
応長のころに、伊勢の国から、鬼と化した女を連れた一行が京都にのぼってきたという事があった。
その時は、二十日間ぐらいは毎日、京や白河の人々が鬼見物と言って、大騒ぎをしていた。
「今日は、西園寺に参上した」「今日は院の御所に参上するはずだ」、「今現在は、あそこにいる」などと噂をしていた。
ただ、「本当に自分がこの目で見た」と言う人もなく、「嘘だ」と言う人もいない。
とにかく、身分の上下など関係なく、皆がいつまでも、この噂で持ちきりであった。
その大騒ぎのころ、私はある日、東山から安居院のあたりに出かけたところ、四条通りから北にいる人が、一斉に北に向かって走っていくのを見かけた。
人々は、「一条室町に鬼がいる」と、口々に騒いでいる。
今出川のあたりから、その様子を見ると、院の御用として設置された御桟敷のまわりに、身動きもできないほどに、人が集まっている。
私としても、噂は嘘ではなかったのかと思い、従者を現場まで行かせて見て来させたところ、「鬼を見た者など誰もいない」との事だった。
大騒ぎは日没まで続いて、そのうえ、喧嘩まで起こっていた。
何とも、呆れてしまうような事件が起こったものである。
また、そのころ、同じように二、三日だけ病気になる人が多かったので、「例の鬼などと言う、いい加減な噂は、この流行病の前ぶれだったのではないか」と言う人もいた。
※応長:花園天皇の治世(1311年4月~翌年3月)。兼行氏は推定29歳から30歳。
※西園寺:西園寺家の屋敷の北山殿に営まれた寺。権勢を極めた西園寺実兼がいた。
※院:伏見、後伏見両院のいた持明院殿。現上京区安楽小路町。
※安居院:比叡山東塔北谷竹林院の里坊。上京区大宮寺之内にあったけれど、室町期に廃絶。
実態は鬼などはいなかった。
人々の大騒ぎを呆れているけれど、噂だけで、これほど京の人は大騒ぎするのだろうか。
しかも流行病まで、鬼のせいにする。
推測するに、鬼の仮面をつけて演技などをする、劇団とか舞楽団なのだろう。
下手にお面をつけ続けていると、興奮した群衆に襲われるかもしれないので、頃合いを見て、外したのではないだろうか。
ただ、世捨て人と自称しながら、兼好氏は、なかなか世情から興味が離れない。
実は、面白いものが好き、そんな人なのだと思う。
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