第126話第九十一段 赤舌日といふ事(2)

(原文)

そのゆゑは、無常変易の境、有りと見るものも存せず、始めある事も終りなし。

志は遂げず、望みは絶えず。

人の心不定なり。

物皆幻化なり。

何事か暫くも住する。

この理を知らざるなり。

「吉日に悪をなすに必ず凶なり。悪日に善をおこなふに、必ず吉なり」と言へり。吉凶は人によりて、日によらず。


(舞夢訳)

その理由としては、この世は無常であり、目に見える物は存在するわけではなく、始まったことにも、終わりはない。

志が実現することは無く、欲望が尽きることもない。

人の心は、あれこれと、移り変わるものである。

そして万物は、幻のようなものである。

ほんの少しの間でも、その姿をとどめることはない。

赤舌日を避けるような人は、この真理を知らない人なのである。

「良い日に悪事を行えば必ず凶日である。悪い日に善行をすれば、必ず吉日なのである」と言う、

このように、吉凶は人間の善悪の行為に起因するものであり、その日に起因するものではない。



実に当たり前の考え方であって、この無常の世界で、吉日とか凶日にとらわれ、結局失敗を繰り返すような人々を批判している。

特に最後の文、「吉凶は人によりて、日によらず」は、名言。

白楽天の「凶宅」にも通じる趣がある。


※参考:白楽天「凶宅」(抜粋)

假使居吉土 孰能保其躬  因小以明大 借家可諭邦

周秦宅淆函 其宅非不同   一興八百年 一死望夷宮

寄語家与國 人凶非宅凶

(舞夢訳)

たとえ、幸運な土地と言われた土地に住むとしても、その身を保ち続けるのは至難の業である。

さて、小を持ち、大を明らかにしてみよう。

家宅を例に国家のあり方も諭すこともできるだろう。

かつて周も秦も淆函の要害の地に在した。

その地の選択については間違いはない。

しかし、一方は建国後八百年保ち、一方は二代の短さで望夷宮で死を迎えた。

私は、申し送る。

家においても、国においても、凶となるものは人間、住まいが凶となることはない。


※周と秦は、ともに要害の地に都を置いた。

※望夷宮:秦の宮殿。秦の二世皇帝は権力を誇った宦官の趙高により、自殺を強いられた。




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