第153話第百十段 双六の上手といひし人に
(原文)
双六の上手といひし人に、そのてだてを問ひ侍りしかば、
「勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。いづれの手かとく負けぬべきと案じて、その手を使はずして、一目なりともおそく負くべき手につくべし」といふ。
道を知れる教へ、身を治め、国を保たん道も、またしかなり。
(舞夢訳)
双六の名人と称された人に、その勝つ秘訣を尋ねたところ、
「勝とうと思って打つべきではありません。負けないようにと打つべきなのです。どの手を打てば、すぐに負けそうになるかを考えて、その手は避けて、一目でも遅く負ける手を選ぶべきなのです」
と答えた。
その道を知る教えであって、この教えは、自分の身を修めることにも、国を治める道にも、同じように通じるのである。
この段を読んでいて思い出したのは、かのマキャベリ氏の言葉。
敬愛する塩野七生氏の「マキャベリ語録」から、紹介したい。
・いかなる種類の「闘い」といえども、あなた自身の弱体化につながりそうな闘いは、絶対にしてはならない。
名を落とそうがどうしようが、避けられる限り避けなければならない。
このことを考慮しない、いわゆる強気は、害あって益ない愚行である。
『フィレンツェ史』
・われわれが常に心しておかねばならないことは、どうすれば実害が少なくてすむか、ということである。
そして、とりうる方策のうち、より実害のない方策を選んで実行すべきなのだ。
なぜなら、この世の中に、完全無欠なことなど、一つとしてありえないからである。 『政略論』
・天国へ行くのに最も有効な方法は、地獄に行く道を熟知することである。
『手紙』
マキャベリ氏在世中のフィレンツェと、フィレンツェを取り巻く政治情勢は、大混乱状態。
フィレンツェでは、メディチ家の繁栄、失脚、サヴォナローラの宗教厳格政治とその手痛い失敗、再びメディチ家の復活。
イタリア諸国は互いに足を引っ張り合い、周囲の国では、ローマ・カトリックの豪奢で腐敗した体制に異を唱えるプロテスタントの動きが活発化、それを抑え込もうとするカトリック勢力の弾圧も始まり、混乱の一途。
そのうえ、オスマントルコは、その強大な国力と戦力で、ヨーロッパにどんどん攻め入って来る。
特にフランスも混乱、神聖ローマ帝国に対抗するためとして、異教徒のオスマントルコと手を結ぶ。
それに対して抗議はするけれど、力がないので何ら強制できないローマ・カトリック。
・・・・書きだしたらキリがないので、これはここまで。
いずれにせよ、兼好氏が評価した双六名人の言葉と、マキャベリ氏の考え方は、かなり共通点があると思う。
冷静に、より安全な方策を採用、実行したほうが、勝利に近づくということ。
いわゆる感情に走った、軽挙妄動は、ロクな結果をもたらさない。
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