第113話第八十段 人ごとに、我が身にうとき事(2)
(原文)
法師のみにもあらず、上達部・殿上人、上ざままでおしなべて、武を好む人多かり。百度戦ひて百度勝つとも、いまだ武勇の名を定めがたし。
その故は、運に乗じて敵を砕く時、勇者にあらずといふ人なし。
兵尽き、矢窮まりて、つひに敵に降らず、死をやすくして後、始めて名をあらはすべき道なり。
生けらんほどは、武に誇るべからず。
人倫に遠く、禽獣に近きふるまひ、その家にあらずは、好みて益なきことなり。
(舞夢訳)
法師だけではなく、上達部や殿上人などの高貴な人々まで、一様に武芸を好む人が多い。
しかし、百戦百勝したとしても、それにより、彼らの武勇が認められるということではない。
その理由としては、時の運に乗り敵を破った場合には、どんな人でも勇者になってしまうからである。
刀剣を失い、矢を射つくしたとしても、最後まで敵に降伏せず、泰然と死を迎えた後に、はじめてその名声があらわれるのが、この武芸の道なのである。
生きている間には、武勇は誇ることができない。
そもそも、武芸の道などは、人倫とはほど遠く、獣じみたふるまいであって、武士の家に生まれた者でなければ、好んだとしても無益なことなのである。
※兵尽き:刀剣を失って。
武芸を学んだり、好む人に対する兼好氏の厳しい批判である。
確かに、他者を傷つけ、結果的には死をもたらすような技術を習うなど、人倫にもとることとも言える。
ただ、難しいのは治安維持が、どれほど保たれているかにもよる。
治安に不安があるならば、自分と家族を守るために、最低限の格闘技術が必要なのでないだろうか。
強盗や暴漢に襲われた際に、「はい、どうぞ、お金も命も差し上げます」と言える人ならいいけれど、普通の人は、なかなか、そうはできない。
相手を害するための戦闘技術は問題があるけれど、守りのための技術は、持っておくにこしたことはない。
それは、人間同士だけではなく、国家と国家の間でも、同じことだと思う。
平和を保つ交渉努力は当然、重要にして欠かしてはならない。
ただ、交渉で約束した平和維持の条文など、簡単に破る国に囲まれている場合は、それに頼り過ぎるのは、危険極まりない。
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