第139話第百二段 尹大納言光忠入道
(原文)
かの又五郎は、老いたる衛士の、よく公事になれたる者にてぞありける。
近衛殿着陣し給ひける時、
(舞夢訳)
「又五郎
とおっしゃられた。
さて、その又五郎は老練の衛士であって、公事には習熟していた。
ある時に、近衛殿が陣の座に着かれた際に、ひざつきを忘れ、外記を召した。
すると、偶然に又五郎が庭火を焚く仕事についていて、この話を聞き、
「外記よりも、まずは、ひざつきを召すべきではないでしょうか」
と、そっと呟いたという。
実に、興味をひかれることであった。
※
※追儺の上卿:鬼やらいの儀式を進行する公卿。
※
この話の前に、かつての節会にて、同じようにひざつきを敷くのを忘れ、同じような外記を召した大臣がいた。しかし、公事に習熟した下級官人が機転をきかせて、外記が来る前に、まずひざつきを、さっと差し出したという故事があり、宮廷社会ではよく知られたことだったようだ。
その意味で、又五郎の言葉の裏には、「あの故事にもあるでしょう」の意味が含まれていると思われる。
いずれにせよ、儀礼における失態は、即失脚につながりかねない宮廷社会。
又五郎のような故事や儀礼に詳しい人物は、重宝されたのだと思う。
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