第14話第十段 家居のつきづきしく(1)
(原文)
家居のつきづきしく、あらまほしきこそ、仮の宿りとは思へど、興あるものなれ。
よき人の、のどやかに住みなしたる所は、さし入りたる月の色も、一きはしみじみと見ゆるぞかし。
今めかしくきららかならねど、木だちものふりて、わざとならぬ庭の草も心あるさまに、簀子・透垣のたよりをかしく、うちある調度も昔覚えてやすらかなるこそ、心にくしと見ゆれ。
多くの工の心をつくしてみがきたて、唐の、大和の、めづらしく、えならぬ調度ども並べ置き、前栽の草木まで心のままならず作りなせるは、見る目も苦しく、いとわびし。
さてもやは、ながらへ住むべき。
又、時のまの烟ともなりなんとぞ、うち見るより思はるる。
大方は、家居にこそ、ことざまはおしはからるれ。
(舞夢訳)
住居は、そこに住む人の感性にあっていて、とても良い雰囲気が醸し出されているのならば、たとえ無常の世の仮の宿りに過ぎないとわかっていても、興味を惹かれるものとなる。
そのような感性のすぐれた人が、ゆったりと住んでいる家であれば、さしこんで来る月の光も、よりしみじみと味わうことができる。
現代風の派手な感じにはしていないけれど、木立も歴史を感じさせ、自然のままの庭の草も、趣が深い。
簀子や透垣の配置は心を尽くして面白く、なにげない調度品も古風な落ち着きを見せているのが、奥ゆかしさを感じさせる。
それに対して、多くの大工を使い、心をつくして磨き上げ、和漢の立派な調度品を並べおき、前栽の草木まで無理やり手を加えてあるのは、見た目にも苦々しく、実に不愉快に思う。
そんな住居には、無常の世ということを考えれば、いつまでも住めるわけではない。
また、火事にでもなり、たちまちのうちに焼けて何も無くなってしまうと思いが、一目見るなり、わいてくる。
だいたいにおいて、家を見ると、そこに住む人の様子は想像できるものである。
※つきづきしく:似つかわしく、調和して。
※時のまの烟:わずかの間、立ち昇る煙。家などは火事に遭えば、すぐに焼失してしまうという意味に取った。
兼好氏の住居論である。
作為をこらしつくしたような家であっても、京都は火事も多いし、木造ゆえすぐに焼けてしまう。
そんな無常の世の仮の宿りに神経や財物をこらすではなく、ゆったりと品よく暮らしたらどうなのか、という論のようだ。
金と神経をすり減らし、住居や調度品を贅沢にする人は、現代の世でも多い。
家自慢、調度品自慢が好きな人も多い。
自慢をして、お世辞を言われるのが好きなのだろうか。
立派な家にしろ、調度品にしろ、結局は「モノ」でしかないと思うけれど。
「モノ」に最上の価値を感じる人は、たいてい「ココロ」は、貧弱な人が多い。
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