第15話第十段 家居のつきづきしく(2)
(原文)
後徳大寺大臣の、寝殿に鳶ゐさせじとて縄を張られたりけるを、西行が見て、「鳶のゐたらんは、何かはくるしかるべき。此の殿の御心、さばかりにこそ」とて、その後は参らざりけると聞き侍るに、綾小路宮のおはします小坂殿の棟に、いつぞや縄をひかれたりしかば、かのためし思ひいでられ侍りしに、誠や、「烏のむれゐて池の蛙をとりければ、御覧じて悲しませ給ひてなん」と人の語りしこそ、さてはいみじくこそと覚えしか。
徳大寺にもいかなる故か侍りけん。
(舞夢訳)
後徳大寺左大臣殿の寝殿に、鳶をとまらせたくないとして、縄をはられてあったのを、西行が見て「鳶がとまったからといって、どういう問題があるのか、この殿の御心はその程度のものなのか」と言って、その後はまったく参上しなかったと言う。
綾小路宮がおられる小坂殿の棟に、いつであったか縄が張られてあったので、その故事を思い出したのであるけれど、それについては、屋敷の人が「鳥が屋根に群がって池の蛙を食べてしまうので、それを宮様が御覧になって、可哀そうに思ってなされたのです」と教えてくれたので、それならば尊いことだと思ったのである。
そうなると、徳大寺殿の場合にも、何か理由があったのだろうか。
※後徳大寺大臣:藤原実定(1139~1191)左大臣。祖父実能が「徳大寺左大臣」と呼ばれたので、後徳大寺とされた。屋敷は北山にあった。
※綾小路宮:亀山天皇の皇子。性恵法親王。延暦寺別院妙法院の門跡。
※小坂殿:妙法院の別名らしい。
兼好氏の住居論で、屋敷に縄を張って、鳶をとまらせるか否かについて、考えている。
西行は、後徳大寺邸に鳶封じのために縄を張ったのを見て、幻滅。
兼好氏は、別の綾小路宮の邸もそうであったけれど、鳶が蛙を食べてしまわないようにするための対策としての理由を聞きだし、一応は納得している。
ただ、鳶にとってみれば「餌場」が減ることになるし、蛙には命の危険が減ることになる。
それを、どう考えるか、その人の判断になるけれど、兼好氏は蛙の立場に立ったのだろう。
弱肉強食と言うべきか、自然界の掟もある。
肉食動物ならではの、自然な行為をしているのだから。
鳶に蛙を食べるなと言っても、他の動物の命を襲うだけ。
「可哀そうだから蛙を食べるな」とか、肉食の戒めなど、肉食動物の鳶には、逆に「飢え死にしろ」と言っているようなものなのかもしれない。
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