第155話第百十ニ段 明日は遠き国に赴くべしと(1)
(原文)
明日は遠き国へ赴くべしと聞かん人に、心しづかになすべからんわざをば、人、言ひかけてんや。
にはかの大事をも営み、切に嘆く事もある人は、他の事を聞き入れず、人の愁へ・喜びをも問わず。
問はずとて、などやと恨むる人もなし。
されば、年もやうやうたけ、病にもまつはれ、況や世をも遁れたらん人、またこれに同じかるべし。
(舞夢訳)
明日には、遠い国に出向くことになっていると知っている人に対して、誰が心静かになすべきことを呼びかけたりするものだろうか。
また、突然に発生した取り込み事に、その身も心も自由がない人や、非常に嘆かわしい事が発生した人の場合は、余計な事を聞き入れる余裕もないし、他人に愁い事が発生したり、喜ぶべき事が発生しても、何も聞こうともできない。
そして、聞かれなかったとしても、そんな事を恨みに思う人などはいない。
その意味において、年齢を次第に重ね、病にもつきまとわれている人は当然、世を捨てた人も、他人と関係を持たないという点については、同じなのだと思う。
確かに大きな不安を抱えている時、突然発生した取り込み事の対応でどうにもならない時、その身辺に嘆かわしい事が発生した人に、「心静かに何々を」「私の愁いや慶事に何の音沙汰もない」と言うような人は、まずいないし、いたとすれば相当に傲慢かつ無神経な人と思う。
さて、兼好氏は、その話から老齢で病身の人に、そんな事を要求するのは「酷」と展開し、遁世人にも、それを要求するべきではないと語る。
確かに遁世人は、世間とは関係を断った人であって、俗世の人にそもそも、あれこれ指図されたり、言われるべきではない。
また、遁世人も、世間の噂などは気にせず、求道に専心すべきと語りたいのだと思う。
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