第95話第六十六段 岡本関白殿(2)

(原文)

武勝が申し侍りしは、「柴の枝、梅の枝つぼみたると散りたるとに付く。五葉などにも付く。枝の長さ七尺、或は六尺、返し刀五部に切る。枝の半ばに鳥を付く。付くる枝、踏まする枝あり。しじら藤のわらぬにて、二ところ付くべし。藤のさきは、ひうち羽の長にくらべて切りて、牛の角のやうにたわむべし。初雪の朝、枝を肩にかけて、中門より振舞ひて参る。大砌の石を伝ひて、雪に跡をつけず、あまおほひの毛を少しかなぐり散らして、二棟の御所の高欄に寄せかく。禄を出ださるれば、肩にかけて、拝して退く。初雪といへども、沓のはなのかくれぬほどの雪には参らず。あまおほひの毛を散らすことは、鷹は、よわ腰をとる事なれば、御鷹の取りたるよしなるべし」と申しき。

花に鳥付けずとは、いかなるゆゑにかありけん。長月ばかりに、梅の作り枝に雉を付けて、「君がためにと折る花は時しも分かぬ」と言へる事、伊勢物語に見えたり。造り花は苦しからぬにや。


(舞夢訳)

武勝が申したのは、

「柴の枝や、梅の枝には、つぼみの時期か、花が散った後に付ける」

「五葉の松にも付ける」

「枝の長さは、七尺、あるいは六尺に切り、切り口については、返し刀で五分の長さとする」

「その枝の中ほどに、鳥を付ける」

「雉を付ける枝と、足を置かせる枝がある」

「しじら藤のツルを裂いていないものを使い、二か所に結び付ける必要がある」

「その藤の先は、ひうち羽の長さに合わせて切り、牛の角のような形にたわめて置くべきである」

「初雪が降った朝が、枝を肩に掛け、中門から威儀を正して参上する」

「大砌の石を伝わって歩き、雪に足跡を付けないようにする」

「雉の、の毛を、少しむしり取り、二棟の御所の高欄の、その枝を立てかけて置く」

「御祝儀の衣を賜ったならば、それを肩に掛けて、拝礼をして退出する」

「初雪であったとしても、沓の先が隠れない程度の雪であるならば、参上はしない」

の毛を散らすのは、鷹が獲物である鳥の弱腰をつかむものなので、あたかもお飼いになっているお鷹が。その鳥を捕らえたようにするためなのだろう」

とのことである。

さて、花の咲いた枝に雉を付けてはならないとは、どういう所以があることなのだろう。

長月ごろ、梅の作り枝に雉を付けて、「あなたのためにと折った花は、季節も関係ありません」と言ったという話が、伊勢物語に見える。

あれは造り花なので、差支えないのだろうか。



※柴の枝:雑木の枝。鷹狩りの獲物の鳥を人に贈る時は、これに鳥を結いつけ、「鳥柴」と称した。

※しじら藤のわらぬ:つるを裂いていないしじら藤。

※あまおほひ:鳥の翼の羽の一部。

※長月ばかりに:陰暦9月頃。

※伊勢物語(第98段)の記述。

 むかし、おほきほいまうちぎみと聞こゆる、おはしけり。仕うまつる男、九月ばかりに、梅のつくり枝に雉子をつけて、参るとて、

わがたのむ 君がためにと 折る花は 時しもわかぬ 物にぞありける

とよみて参りたりければ、いとかしこくをかしがり給ひて、使に禄たまへりけり


(歌意:私が頼りとしている御主人のためにと折ったこの花は、季節を選ばず、いつも咲くのです)



岡本関白殿は、伊勢物語を読んで、武勝に指示を出した。

しかし、武勝は、伊勢物語を読んでいなかったのか、不明な部分があるけれど、キッパリと出来ないと言う。

あるいは、伊勢物語に書かれたのは「造花の枝」であるので、そうでない指示を出されて「出来ません」と応じても、不敬にはならないと思ったのだろうか。

それにしても、さすが右近衛府の番長、宮廷内の作法には細かく詳しい。

その武勝が、上司である岡本関白殿に、そんな態度を示した。

兼好氏は、伊勢物語の記述を持ち出して、疑問を呈しているけれど、最後まで結論は出していない。


謎が謎で終わったような、段になっている。


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