第106話第七十四段 蟻のごとくに集まりて
(原文)
蟻のごとくに集まりて、東西に急ぎ南北に走る。
高きあり賤しきあり。
老いたるあり若きあり。
行く所あり帰る家あり。
夕に寝ねて朝に起く。
営む所何事ぞや。
生を貪り、利を求めてやむ時なし。
身を養ひて何事をか待つ。
期する所、ただ老と死とにあり。
その来る事速かにして、念々の間にとどまらず、是を待つ間、何の楽しびかあらん。まどへる者はこれを恐れず。
名利におぼれて先途の近き事を顧みねばなり。
愚かなる人は、またこれを悲しぶ。
常住ならんことを思ひて、変化の理を知らねばなり。
(舞夢訳)
人々が、まるで蟻のように集まっては、東西に急ぎ行き、南北に走り去る。
高貴な身分の人や、賤しい身分の者もいる。
年寄りもいるし、若い者もいる。
それぞれに行く所と帰る家がある。
日が暮れれば眠るし、朝になれば起きる。
このような生きる営みとは、何なのだろうか。
長生きを願う、あるいは利益を求めて、やむことがない。
それほど自分の身を大事にして、何を期待して待つのだろうか。
確かに人を待つのは、年老いることと、その先にある死である。
そして年老いることも、死も、すぐにやって来るのであって、それまでの過程などは一瞬といえども、とどまることはない。
これを待つ間に、さて、何の楽しみがあるのだろうか。
迷いの中にある者は、老いや死を恐れない。
名声や利益を求めることに執着して、人生の終わりが近いことなど、何も考えない。
また、愚か者は、それを悲しむ。
我が身に変化がないことを願い、世の中の万物が変化していくという、無常の道理を知らないからである。
確かにスカイツリーなど、高い場所から地上を見ていると、人など蟻に見えてくる。
忙しそうに集まったり、それから、東西南北に走り去る。
それぞれ、仕事やら、自分の遊びやら、それぞれの事情を持って、動き回る。
少しでもいい暮らしをしたい、問題があれば解決したい、そんな思いで人は動く。
いや、それは人間だけではなくて、あらゆる動物、植物であっても、そうかもしれないけれど。
そして、すぐ先に大災害が発生しようが、自分の死が待っていようが、動き回っている時に、誰がそんな無常の理論など、気にするだろうか。
生き物であれば、より良く生きたい、生き続けたいと思うのが、実は自然なことではないだろうか。
兼好氏は、その思いを冷ややかに論じているけれど、それは遁世人であるから。
愛する人がいて、家族を背負う、つまり自分だけで生きていない人は、愚か者と兼好氏に批判されても、より良く生きるための営みや努力を捨て去ることは無理。
世間を軽蔑して逃げるような遁世だけが、素晴らしいのではないと思う。
世間のしがらみを背負って、それでも懸命に楽しく生きることも、また素晴らしいと思う。
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