徒然草 舞夢訳

第337話第二百四十二段 とこしなへに違順に

（原文）

とこしなへにい違順に使はるる事は、ひとへに苦楽のためなり。楽といふは、好み愛する事なり。これを求むること、やむ時なし。楽欲する所、一には名なり。名に二種あり。行跡と才芸との誉なり。二には色欲、三には味なり。万の願ひ、この三にはしかず。これ、顚倒の想よりおこりて、そこばくのわづらひあり。求めざらんにはしかじ。

（舞夢訳）

人生において、常に順境と逆境に左右される原因は、ただ単に苦楽にとらわれているためである。

そもそも楽というものは、物事を好み、欲することである。

そして、これを求めることは、止むことがない。

さて、人間が願い欲するものは、第一に名誉である。

そして、その名誉には二種類がある。

仕事の業績による名誉と学問や芸能から起きる名誉である。

次に、人間が願い欲するのは色欲である。

そして第三には食欲である。

どのような欲望であっても、この三つほどには切実ではない。

ただし、この三つの願望は、誤った思いから生まれたものであり、それを実現するには、多くの苦労を背負うことになる。

それを考えれば、そんな願望などは、持つべきではないのである。

仕事や趣味で他人から評価されたいとの願望。

愛する人に愛されたいとの願望。

そして食欲。

兼好氏は、これらを実現しようとすると苦労するから、そんなものは持つべきではない、捨てろと言う。

さて、言うは簡単。

いままで生まれてきた人間のうち、何人がそれが出来たのだろうか。