第122話第八十八段 ある者、小野道風の書ける

(原文)

ある者、小野道風の書ける和漢朗詠集とて持ちたりけるを、ある人、「御相伝、浮ける事には侍らじなれども、四条大納言撰ばれたる物を、道風書かん事、時代やたがひ侍らん。覚束なくこそ」と言ひければ、「さ候へばこそ、世にありがたき物には侍りけれ」とて、いよいよ秘蔵しけり。


(舞夢訳)

ある人が、小野道風が書写したという「和漢朗詠集」を所持していた。

それに対して、また別のある人が、

「お持ちになっておられる本についての、ご先祖からの言い伝えについては、根拠がないとは言いませんけれど、四条大納言が選ばれた作品集を小野道風が書くということは、時代的に無理があるのではないでしょうか。そこの部分が少々不安に思うのです」

と言ったところ、所持していた人は、

「そういう事情があるので、ますます世に珍しき書物であるのですよ」

と答え、より大切に秘蔵するのであったとのことである。


※小野道風:平安中期の能書家。康保3年(966)71歳で没。

※和漢朗詠集:四条大納言(藤原公任)撰。二巻。朗詠に向いた漢詩文中の名句約600句と和歌約200首をおさめる。尚、四条大納言(藤原公任)は康保3年(966)生まれ。



ほぼ、落語のような笑い話。

「小野道風が書写した和漢朗詠集を先祖伝来所持している」と口に出した時点で、識者から見れば、「あほか?この人は」となる。

指摘されても理由が理解できたかどうか、「だからこそ、この世に他にない有難きもの」としまいこむ愚かさ、悪気はないだろうけれど。


この段を書いている兼好氏は、ため息をついていただろうか、それともニヤニヤしながら書いていたのだろうか、少し気になるところである。



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