第56話第三十八段 名利に使はれて(2)

(原文)

埋もれぬ名を長き世に残さんこそ、あらはほしかるべけれ。

位高く、やんごとなきをしも、すぐれたる人とやはいふべき。

愚かにつたなき人も、家に生れ、時にあへば高き位にのぼり、おごりを極むるもあり。

いみじかりし賢人・聖人、自ら賤しき位にをり、時にあはずしてやみぬる、又多し。

ひとへに高き官・位をのぞむも、次に愚かなり。


(舞夢訳)

永遠に忘れられない名声こそが、望ましい事と思う。

高位で貴い人であっても、必ずしもすぐれた人というべきではない。

愚かにして魅力が何もない人であっても、しかるべき屋敷に生まれ、時流に乗って高位にのぼり、傲慢を極める例がある。

素晴らしい賢人や聖人であっても、自ら好んで低い地位にいて、時世にはあわずに、そのまま終わってしまった例も、また多い。

それを考えると、ただひたすらに高位高官を望むのも、利を求めることに次いで、愚かなことなのだと思う。


肉体が滅びて死しても、不朽の名声を得る人は、在世中は必ずしも高位高官であったわけではない。

また高位高官となって権勢を振るう人も、ただ、しかるべきお屋敷に生まれ、愚かであるにも関わらず、時流に乗っただけのことも多い。

また、すぐれた賢人、聖人も、出世欲がなく、そのまま埋もれてしまうこともある。



社会的地位や肩書を、人間の評価基準とする人が多いけれど、その地位から離れた時こそが、その人の本当の価値。

地位による名誉などは、その人自身が持つ名誉ではないのだから。


その地位を離れれば見向きもされない人。

その地位を離れても、いつまでも慕われる人。


結局は、その地位にあった時に、周囲にどれだけ喜ばれたのか、喜ばれた人はずっと慕われる。

傲慢などにして、周囲の人の気持ちを害していれば、地位を離れた途端、見向きもされなくなる。

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