第35話第二十一段 よろづのことは、月見るこそ
(原文)
よろづのことは、月見るにこそ慰むものなれ。
ある人の、「月ばかり面白きものはあらじ」と言ひしに、又ひとり、「露こそあはれなれ」と争ひしこそをかしけれ。
折にふれば、何かはあはれならざらん。
月・花はさらなり。
風のみこそ人に心はつくめれ。
岩に砕けて清く流るる水の気色こそ、時をもわかずめでたけれ。
「
人遠く、水・草清き所にさまよひありきたるばかり、心慰む事はあらじ。
(舞夢訳)
どのようなことであれ、月を見ると、心が慰められるものである。
誰かが、「月ほど面白いものはないと思う」と言うと、また別の誰かが、「露こそが、情趣がある」と、議論になったけれど、実に興味深い。
ただ、その時季にあえば、情趣を感じさせないものは、ないと思う。
月や花は、言うまでもない。
風も実に人の心を感じやすくさせる。
岩にぶつかって砕けて、清らかに流れていく水の気色は、時季に関係なく素晴らしい。
「
そのような、人里離れた、水草が清らかなな場所を、そぞろ歩きする時ほど、心が解放されることはない。
※
「廬橘花開きて楓葉衰ふ。門を出でて何れの処にか京師を望まん。沅・湘、日夜、東に流れ去る。愁人の為に住ること少時もせず」。沅・湘は杭州を流れる川。
※
この段においては、月、露、花、風、川、水など、季節を問わずに、人の興趣を誘うものの列挙になっている。
また、最後の文「人遠く、水・草清き所にさまよひありきたるばかり、心慰む事はあらじ」は、遁世者、隠遁者の生活であると思うけれど、日々の生活に疲れた「現役の人々」にとっても、憧れの生活。
海であれ、山であれ、しがらみのない生活に身を委ねたいという心理は、現在のリゾート旅行にも、通じるものがある。
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