第328話第二百三十八段 御随身近友が自賛とて(4)
(原文)
一、人あまたともなひて、三塔巡礼の事侍りしに、横川の常行堂のうち、竜華院と書ける古き額あり。「佐理・行成のあひだ疑ひありて、いまだ決せずと申し伝へたり」と、堂僧ことことしく申し侍りしを、「行成ならば裏書あるべし。佐理ならば裏書あるべからず」と言ひたりしに、裏は塵つもり、虫の巣にていぶせげなるを、よく掃きのごひて、おのおの見侍りしに、行成位署・名字・年号、さだかに見え侍りしかば、人皆興に入る。
※三塔巡礼:比叡山の三塔。東塔・西塔・横川を巡回・参拝すること。ふもとの坂本から三塔巡礼して帰着する。行程は約20キロ。山上の宿院で一泊、参籠する習慣という。
※横川:三塔のうちの最奥。兼好氏はここで修行していた事がある。
(舞夢訳)
一 多数の人と一緒に、三塔巡礼を行ったことがある。
その時に、横川の常行堂の中に。「竜華院」と書かれた古い額があった。
「筆者は、佐理であるのか、あるいは行成であるのか、疑問がありまして、いまだ結論が出ておりません」と、堂僧が偉ぶって説明をしていたので、「行成なら裏書があるはず、佐理ならば裏書はないはず」と、私が言った。
その言葉を受けて、額の裏を見ると、塵が積もり、虫の巣になっていて汚かったけれど、それをしっかり取り去り、全員で見てみると、行成の位署・名字・年号が確認できたので、一同は興に入ったのであった。
本来は、常行堂で説明をする堂僧が、由来を知っているべきなのに、それを知らない。
しかも、額の裏には塵が積もり、虫の巣になっていた。
兼好氏は、偉そうな顔をしている堂僧が気に入らなかったのかもしれない。
筆者の特定もあるけれど、堂僧の赤面も見たかったのだと思う。
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