第98話第六十八段 筑紫に、なにがしの押領使
(原文)
筑紫に、なにがしの押領使などいふやうなるもののありけるが、土大根を万にいみじき薬とて、朝ごとに二つづつ焼きて食ひける事、年久しくなりぬ。
ある時、館の内に人もなかりける暇をはかりて、敵襲い来りて囲み攻めけるに、館の内に兵二人出で来て、命を惜しまず戦ひて、皆追ひかへしてげり。
いと不思議に覚えて、「日比ここにものし給ふとも見ぬ人々の、かく戦ひし給ふは、いかなる人ぞ」と問ひければ、「年来頼みて、朝な朝な召しつる土大根らにさぶらふ」といひて失せにけり。
深く信をいたしぬれば、かかる徳もありけるにこそ。
(舞夢訳)
筑紫に、なにがしという、押領使の職についているような者がいた。
その押領使は、大根を万病に効く薬であるとして、毎朝二本ずつ焼いて食べる生活を長年続けていた。
さて、ある時、押領使の館の中に、誰もいない時を見計らって、敵が襲って来た。
その館を囲んで攻めて来るけれど、館の中から兵が二人登場して来て、命も惜しまず戦って、敵を全員追い返してしまった。
押領使は、本当に不思議に思い、
「あなた方は、普段お見かけすることはありませんのに、これほど奮戦なさるとは、どのようなお方なのですか」
と尋ねると、兵二人は、
「長年、あなたが頼りにして、召し上がられた大根です」
と言い、消え失せてしまった。
これは、かの押領使が、深く大根を信じていたので、このような御利益があったのだと思う。
※押領使:平安時代に各地に常置された官職。国司または郡司が任命された、治安維持を職掌とした。
※土大根:大根の古名。「おおね」とも言う。
兼好氏が、まともにこんな話を信じているとは思えないし、それならどうして書いたのかも不明。
単なる気まぐれ、冗談として書いたのかもしれないので、ここは読み流す。
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