第6話 百巡目のデッドエンド その5

 美琴は不運にも、落下してきた岩石に頭を潰されて絶命した。


 数分前、かなりの大きさの地震に見舞われたのだ。

 立っていられなかった。震度は6はあるだろう。わたしは美琴に飛びついて身を伏せさせ、さらに彼女の頭部を守るため胸元に抱き寄せた。


 なぜそこまで己れを挺して彼女を守るのか。

 可能性の話、もしかしたら自分以外に当手記を読む人が存在するとして、この行為に疑問を持つ方も出てくるものと思われる。


 美琴の役割は将棋で例えるところの王将だった。

 わたしと咲子は金将と銀将。もしくは飛車と角行。規格外の女、榛名レンがルールの一環として最初に言ったのだった。


 あるいは、もっと根本的な疑問を覚える方も出てくるかもしれない。

 どうしてこのような事態に陥ったのか、と。

 しかしそれについては、今、ここで解明するつもりはない。

 なぜなら――、


 

 

 


 日本語がおかしいように見えるが、断言する。


 この記述に、おかしな点は一切ないと。


 さて、続きだ。

 将棋の最終目的は王将を取ることにある。

 これを取られると、たとえどれだけ他の駒があろうと敗北となる。

 二人零和有限確定完全情報ゲーム。それが将棋というもの。


 繰り返すが、王将を取られたら終わりなのだ。

 残りの駒たるわたしたちも終わり。


 あのとき、地震が一通り収まり、伏せていたわたしたちは立ち上がった。

 守ってくれてありがとう。

 どういたしまして。

 美琴は、はにかみながら礼を言い、わたしの手を取ろうとして――。


「ふふふ。どこへ行こうというのかしら」


 背後から声が追いついてくる。セリフがまるでムスカ大佐の女性版だった。

 あの女、ジブリの天空の城ラピュタが好みであるらしい。

 レンのこの余裕、破滅の言葉バルスでもあれば一発逆転もできようものだが、そんな都合の良いモノは持ち合わせていない。この世界はなろう小説世界ではないのだ。


 ――くそっ、くそっ。くそったれが!


 わたしは胸の内で悪態をつきつつ走るのをやめ、木の陰に隠れた。


 無駄なものは、無駄なのだった。

 それはわかっている!

 レンにすれば、このような逃走などまったく意味がなかった。死は、いつでもすぐ傍に。しかしわたしは諦めたくない。


 ならば、せめて、足掻くしかない。距離を取る以外の方法で。


 漏らした小水のせいで、走った際に跳ね上げた土がまるで泥のように脚にくっついている。再びわたしは、くそったれがっ! と、胸の内で悪態をついた。


 腰ベルトに差しておいたサバイバルナイフを引っこ抜く。

 中空ホロウハンドルのふたを開け、中に丸めてあった紙の束を引っ張り出す。





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