第109話 隷属解放の乱事件 導入 その7
それはともかく、とんでもない話だが、報告概要の続きを書き出そう。
『遺跡との接続はここ半月ほどのもの。準備に準備を重ねた魔術儀式を用いている』
『ただ、無理を押した魔術の使用であり、一部が地下鉄の経路と重なってしまった』
『ゆえに地下鉄経路から遺跡へは侵入は可能。だが、新たな問題が発生する』
それにしてもよく調べている。素晴らしいプロの仕事である。特にイヌガミ筋の敵対する組織を調べるため、焔神会本部への侵入を成功させているのが凄まじい。
「やっぱり、ニンジャ?」
「いえ、ただのしがない興信所の所長でして。普段は浮気調査や迷子ペット探しを」
「つけ加えると、リョウジさんは元レンジャー隊員やで。しかしちょっと気風が合わなくて辞めて、それで自分のステルススキルを活かして興信所を始めたわけやな」
「依頼がないときは、ミナミの某飲食店で用心棒系のバイトもしていますけれどね」
「隊の元先輩が
「正直モテても微塵も嬉しくないですが、仕事の支払いだけは抜群に良いので……」
何やらしなくてもいいような苦労をなさっているようだった。
「それで犬先輩。新たな問題ってなんなの?」
「動物園前駅から天下茶屋駅にかけて、赤く光る眼を見たとかの噂があったやろ」
「ああ、うん」
「あれはその遺跡を住処にしていた食屍鬼が、探索がてら外に出てきてのものや」
犬先輩は恐ろしい速度でさらなる報告書を読み上げている。目の動きが異常だ。
「それでどういう作戦を立てるの。アンタ、なーんか企んでるよね、絶対」
曰く、彼は天才悪魔である。
わたしの凡愚な脳みそでは到底思いつかないような、トンデモ作戦を立案するに違いない。確実で、極めて道化で、邪悪な類の何かを。
わたしの予想は的中した。
「――食屍鬼と接触できへんかな。たぶん闖入者に対してかなり頭に来てるはず」
「まさか、利害の共有? 食屍鬼のあいつらと? マジで?」
「そのまさかやで。リョウジさんの仕事ぶりは超のつく一流どころや。顧客が少ないのは開業してまだ期間が浅いだけに過ぎん。俺はこの報告書を全面的に信じる」
「一族をしても滅多にない鬼札のアンタが認めるのならいいけどさ。男の癖になぜかイヌガミを使役し、十六歳ですでに大学の博士課程を二個も修めているとかね」
「よし、ではリョウジさん、彼女のために地下鉄道方面の報告を改めてお願いやで」
「はい。ではまずは時雨さん、食屍鬼についての神話的知識はありますか?」
「ゴムみたいな肌をした亜人だよね。体臭は獣臭く、犬みたいな面構え、鋭い爪、人の言葉は使えるけどなぜか早口で甲高く、食べるものは屍肉がメイン。人肉も喰う」
「大変結構です。ただ、僕が調査した食屍鬼は違っていました。まず特徴的なのが頭部が禿げてなく、モヒカンでした。これは頭部が委縮したゆえのものでしょう」
「ん、ん? 委縮したとは、そこにいる食屍鬼は後天的なものということ?」
「闇から産み落とされる者と、人間が死後になり果てる者の二種類があります。体つきは鋭い爪と、独特の曲がった背格好でしたが、驚くべきは彼らはゆっくりとした日本語を使いこなし、さらに顔立ちも理性を失わない締まった表情をしていました」
「地下道に潜伏して、さらには彼らに向けて聞き耳を立てていたの?」
「ええ、どうやら人間失格と名乗る食屍鬼がリーダーらしく、彼らは接続した地上にちょくちょく出かけている様子でした。なんのために? なんと、働くために」
「へ? そいつら、食屍鬼のくせして働いているの?」
「なんと言っても天下茶屋は西成区です。釜ヶ崎など、近年は多少治安が良くなったとはいえ未だ大阪市民ですら立ち入りたがらないホームレス最後の安住の地。立つ場所を上手く利用すれば、彼らの存在は不自然なく溶け込めるでしょうね……」
「あいりん地区とも呼ばれる釜ヶ崎は、食屍鬼と相性的にマッチングしたと」
「そこでの彼らは問題など一切起こさず、むしろ日雇いで働き始める始末で。しかも評判はいいみたいですよ。力があって体力もあって、何より真面目に働く優良人材だとか。土木作業服に軍手と防塵マスクをすれば、外見はモヒカン頭の少々パンクな男たちが普通に肉体労働に従事しているように見えますし……」
「マジか……。実は大阪芸大所属とかじゃないよね……?」
「あの大学でたまに見かける頭ですが、彼らとは違います。それで、得た日当で近所のスーパーに寄り、得体の知れない――失礼、特価品の肉を購入しているようです」
「あの辺だと安さで追随を許さない、スーパー玉出の名物、格安謎肉の塊かな?」
「ご明察で。結論として、地上にて問題を起こさず、労働し、賃金を得、店にて食料を購入する人間失格らが率いる食屍鬼とは、理性的な取引ができると判断します」
「報告書の通り、そういうこっちゃな。リョウジさんありがとう」
「で、犬先輩はこれらの情報をどう料理するつもり?」
「目的は一族の少女たちの救出。手段の一環に食屍鬼と共闘体制を取る――」
ニヤニヤと笑みを浮かべる犬先輩は、作戦の総合概要を語り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます