第108話 隷属解放の乱事件 導入 その6

「ほれ、これでよし。あの炎野郎は近いうちワンパン喰らわすから安心しろ」

「うん、お兄ちゃん。大好きっ」


 無茶な約束を交わしつつ犬先輩は響の顔を拭ってやっていた。

 そうして、わたしを見た。


「中座した報告書の続き、行こか。キリキリやってしまわんとな」

「アンタ、前々から思っていたけどさ、色んな意味合いを込めて強い人だよね……」


 再び、概要はこうだ。今回も小分けに書き出すとする。


『本部に侵入を試みる。内部には牢に相当する部屋はあれど救出対象はいなかった』

『さらに当本部は数日前より形骸化され、真の本部を何処かに移した形跡があった』

『何らかの魔術にて、異なる地の超古代遺跡と本部は空間的に接続されている模様』


 異なる地、とは? 超古代遺跡とは? アルスカリどもは何を企んでいるのか。

 わたしは犬先輩を見た。彼はわたしの意図に気づいて説明してくれた。


「アルスカリの歴史は謎に包まれている。というか、独立種族として単に人間との接点があんましないってのもある。信仰対象にナイアルラトホテップを拝し、険しい山間部に地下王国を作っている。主な住処はドリームランドという名の、人間にしてみれば地獄みたいな異世界や。でもこの世界にも単眼の巨人の話とかあるやろ。さっき話に出たサイクロプスとか、あの手の単眼の怪物の原型の一つがこいつらであり、同時に、この地球上にも少数ながらかなり昔から存在しているのも理解できるだろう」


「ふむふむ」


「今回のやつらは、まあ『つまはじきもの』の集まりやろうな。そうでないとわざわざ人間社会に混ざろうなんて思わん。そいつらが最終的にどうしたいのかはともかくとして、ひっそりと街で生きていたら、なんかの拍子に超古代遺跡を見つけてしまった。……逆かもしれへんな。遺跡を見つけたがゆえに人間社会に混ざった、という可能性もある。それを彼らは魔術で空間と空間を、繋いだ。即席で地下王国の爆誕や」


「大阪府って、基本的に大部分が海を埋め立てた土地なんだけど」


「考える視点を『数千年規模』を基準にしたならそうなるな。でもな、たとえば『万年規模』だとどうなるやろか。氷河期は瀬戸内海に当たる部分は干上がっているぞ」


「あー。超古代遺跡だから、そういうのもあるかぁ……」


 なるほどと納得してしまう。


「だけど、遺跡と怪物と、わたしたち一族の子たちの誘拐との接点が不明よね」


「人間との接点が希薄なだけで、やつらにも独立種族としての文化や文明はもちろんある。で、その文化文明の根幹に、奴らは信仰を重きに持つ。……焔神会、か。アルスカリはナイアルラトホテップを拝するのは先ほど言った通りや。それが、かの混沌が嫌うクトゥグァを拝する会を作っている。……ん、ん。ああ、そうか。これは遺跡を見つけたから人間社会に埋没した系やな。うわ、性質が悪いな。そうかそうか」


「一人で納得してないで、わたしたちにも聞かせてよ」


「あくまで俺の推測やが、聞くか? 現時点の情報をコネたものやが」


「もちろん」


「やつらは遺跡で旧支配者たるクトゥグァを呼ぼうとしている。その神性を新たな崇拝対象として。となれば何が必要だ。召喚の儀式、大量の魔力、そして生贄」


「うん」


「要するにどうやったのかは知らんが自分たちの目的を果たせる超古代の遺跡がそこにあることに気づいて、一番魔術的にアクセスしやすい場所を確保、表向きは新興宗教の団体として成り立たせた。信仰を重きに持つ種族やしまあそれはいいとして、次のフェイズに移行。で、今は儀式のために魔力の強そうなのを誘拐していると」


 大量の魔力と生贄が、われらが一族の子たちの誘拐条件に当てはまる、と。


「大人しく混沌の神を拝んでいればいいのに」


「そうできなくさせる何かが奴らにあったんやろうなー。知らんけど」


「でも、あんな『生ける炎』が召喚されたら……」


「ま、人類は軽く滅ぶな。やつらの信仰で人類存亡の危機ってヤツ」


「同胞の救出のはずが、いきなり世界規模のスケールになっちゃった系?」


「せやな。稀に良くある系やで」


 犬先輩は変な日本語でふはははっと笑った。





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