第107話 隷属解放の乱事件 導入 その5

「リョウジさんの支族が得た加護は、何?」

「命の残機性ですね。僕の存在としての根源は、ティンダロスの側にあります」


 おっと、今し方語った残機性と来るか。


「犬先輩、この人、すっごく信頼できる人なんだね」

「あたりき、そうでないと雇わん」


「ふふ。では信頼に応えるためにも、これをどうぞ」


 言って彼はA4サイズの厚い封筒を取り出した。

 犬先輩はそれを受け取り、店員を呼んで食べた甘味や軽食、飲み物を下げさせる。


 驚いたことに大部分の飲食物がいつの間にか空になっていた。探偵の良司とぽよぽよっと小動物なステルス銀髪幼女の響が驚異の健啖ぶりを発揮したのだった。


「リョウジさんは元自衛官や。喰う寝る出すも仕事の内ってな。響については、この子は隠し玉でな。一つだけ言わせてもらえば、今回の探索における最大火力や」


「この子が? アタッカーがいるのならわたしなんていらないじゃん」


「詳しくは後で話すから、期待せずに待て」

「えぇ……。期待せずにって……」


 店員が空の食器を恐怖染みた表情で片してスッキリしたテーブルに、犬先輩は提出された報告書を開けた。大判の写真と、そのレポートが多数詰まっている。


「ほうほう。なるほど、なるほど」


 彼は報告書を手にしきりに頷いていた。

 かなりの量なので小分けに要点だけ書き出していくとする。


『榛名歩、霧島蓮子を誘拐したのは、焔神会と呼ばれる未法人の新興宗教団体』

『彼らの本部は西成区鶴見橋岸里。噂の駅、天下茶屋より少々南方に位置している』

『特記その一。焔神会の信者は、基本的にアルスカリと呼ばれる独立種族である』

『特記その二。彼らは邪神ナイアルラトホテップを拝する単眼の巨人種族でもある』

『特記その三。彼らは基本的に山間部の洞穴にひっそりと住まう特性を持つ』

『特記その四。ただし焔神会の信者らは、アルスカリにしては矮躯ばかりが集まる』

『焔神会の教祖は坂東穂邑ばんどうほむら。通称、ほむらさま。見た目は三十路半ばの美人女性』


 アルスカリ。わたしの雑学知識内の神話技能が、自動的にデータを出してくる。


 世界中に散らばる単眼の怪物の祖となった種族。身長は大柄で三メートルほど。

 邪神ナイアルラトホテップを拝する独立種族であり、奉仕種族ではない。

 一つ眼の手先などと呼ばれる場合がある。混沌の邪神への信仰心はかなりのもの。

 それがゆえに、独立種族でありながら外なる神を拝する奉仕種族の様相が強い。


 ちなみにその単眼は、緑色に輝き、魅入ると強い催眠状態となる。


「アルスカリって、要するにサイクロプスみたいなもんでしょ? 巨人としては小柄だけど、それでも人間視点だと三メートルはあるような巨躯を持ってるし」


「それがですね、報告書にも書かれているように、かの教団にはアルスカリしては小柄な者ばかりが集まっているのですよ。身長も高くて百九十センチ程度の」


「……うーむむ。リョウジさんの見立てでは、これをどう見ているの?」


「そうですね……私見ですが、巨人は、巨人であるがゆえに、種族間では『大きいほど偉い』という考えを持つらしいのです。……そこに種族として矮躯とくれば」


「ふーむ……小さいがために、軽んぜられた者たち、ということ?」


「かもしれませんね」


「それがなぜか日本の、しかも大阪は西成区に」


「まー、西成は混沌とした街やから。どうかすればうまいこと忍び込めるわなー」


「まじで……。西成区って、警察の監視カメラかなり設置されてなかった?」


「そうなんやけどなー。監視システムのハッキングでも喰らってるのかねぇ?」


「単眼で種族で、頭からローブを被っていたら超怪しいと思うんだけど」


「ま、その辺も踏まえて行動しないとな」


「ナイアルラトホテップを拝する割には、信仰対象に対してやけに挑戦的な新興宗教名よね。あの邪神って、炎系は五行思想からしてもあんまし得意じゃないよね?」


「そらアルスカリの全部が全部、混沌を信仰しているとも限らんってことやで」


「要するに、彼らからすれば異端よね。焔神から察するにクトゥグァ信仰でしょ?」


「クトゥグァ!」


 銀髪幼女の響が突然声を張り上げ、犬先輩に抱きつくのだった。クリームでびちょびちょの顔が、彼の胸元にがっちりと沈んだわけである。


「うぎゃーっ、おまっ、その食いモンだらけの顔で抱きつくやつがあるかああ!」


「お兄ちゃん、今すぐクトゥグァを滅ぼして! あいつ嫌い! 大嫌い!」


「無理やっちゅうねーんっ!」


 柴犬のセトが妙に嬉しそうに、巻き尻尾を振りながらわんわんと二度吠えた。


「というかその子、日本語を喋れたのね。ただの小動物的な洋ロリじゃなかったか」


「ああもう、お気に入りのジャケットが大惨事やで……。この子はな、遥か昔にクトゥグァによって住処の森を焼き払われたんや。それが未だにトラウマという」


「まあ住処を焼かれたら。……あれ? クトゥグァに焼かれた森って、まさか」


「ン・カイの森やな」


「あー、それ以上はやめとく。アンタとその子の来歴を含めて何も知りたくない」


 図らずもこの銀髪幼女の正体を簡単な神話技能で突き止めてしまった。


 犬先輩こと南條公平。

 この男、なんておぞましい巨大神性を連れまわしているのか。


 銀髪幼女の正体は、混沌の邪神、ナイアルラトホテップの、その顕現体だった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る