第159話 覚悟のススメ。覚悟は完了してこそ。その1
何を捨ててでも、一番大切なことを優先させるだけの覚悟が。
これまでの宇宙での『わたし』は、一体、何をしていたのか。
ボンクラがボンクラのままのうのうとしやがって。
いや、違うか。おそらくは考え自体はあったはず。わたしが『そう』であるように。ただ、何を最優先させ、何を切り捨てるか、これができなかったのだろう。
確かに、このアイデアを実行すれば――。
十中八九、わたしはわたし自身を切り捨てる羽目になるだろう。
自分自身より大切なものはない。
しかし、日本の故事、いや、武士用語か? とにかくこんな言葉がある。
死中に活あり。
わたしは彼女に抱きついた。濡れた身体のまま。
「聞いてミコト。わたしはね、ミコトのことを心の底から大切に想っている。あるいはこの気持ちは、愛と言い換えても良い。わたしは、ミコトを、愛している」
「わ、わたしだって、タマちゃんのこと愛しているもん……っ」
彼女の抱く愛は、わたしの愛とは方向性が明らかに異なっているが、それはそれで尊いので黙っておく。エロスもフィリアも人を想う気持ちに変わりはない。
「ミコトと出会えて本当に良かった。だって、自分を理解してくれるのは、母さんを除けばミコトだけだったし。サキ姉ちゃんもわかってくれるだろうけれど、それでもやっぱりね、同じ境遇を受けたという意味では、ミコトが一番だよ」
美琴は次世代の宗家当主だと何度も書いた。
候補ではなく、ほぼ確定された事項。
実は、わたしもかつては美琴と同じ、宗家当主候補だった。
そもそもわたしが宗家より『姫君』呼ばわいされるのは、おかしいだろう。
傍流の小娘に姫扱いなど片腹痛い。
この呼び名の裏には、自身の魔力量が大いに関係してくるのだった。
以前も書いたように、今世代の当主直系は男ばかりが三人で女子がいなかった。一族としての経験上、女子が当主筋に生まれれば大抵は非常な魔力を有した。
だからこその主筋、とも言えよう。
もちろん例外はあり、笑う道化の南條公平の母君は、当主直下の女性でありながら魔力無能者だった。しかし息子の彼は主筋に返り咲く動きを見せている。
ともかく、主筋に女子がいないなら養女を取らねばならない。
その子を当主に据えるために。
ただし血縁親等の関係から金剛比叡榛名霧島の四大家系からではなく、傍流からとなる。ここでやっと出てくるのが、傍流筋筆頭の白露家と二番手の時雨家だった。
白露家長女の美琴と、時雨家の一人っ子であるわたしの魔力量測定。
それは宗家が満足して余りあるほどの魔力と容量を有していると判明していた。
ゆえに、当主候補=姫君とされた。
この日を境にわたしと美琴の扱いは、単なる幼女から重要人物へとがらりと様変わりする。まるで腫物でも扱うような。または空気の層でもできたかのような。
触れざる者、取り入らざる者、名を口にせざる者――、
真なる故郷、ティンダロスに近き者。
しかもこの『空気の層』が却って隙を生み、美琴が誘拐されかけたりもした……。
ともかく、わたしたちの大きな力は、一族のために振るわれねばならなかった。
そのための姫君という称号。そのための当主候補。一族の象徴となるべき者。
しかしわたしは寂しかった。一人っ子は、人恋しい。
もちろん母に難癖をつける気持ちなどさらさらない。むしろあの幼児体型でよく一人でも産めたものだと尊敬の念が湧く。幼女ラージポンポンからの出産である。
それと父にもだ。かつて父は、将来の妻となる幼馴染みの母をどうしても女性として見れなかったという。まあそれ以前に、幼女とチョメチョメ、児ポ的な犯罪ギリギリというか、とにかく見た目の社会的なヤバさが半端ないのもあるが……。
しかし結局は子を成した。わたしが、生まれた。
話が少々ずれた。軌道修正しよう。
あの日、あのとき、姫君と呼ばれるようになった、あの日のこと。
わたしは美琴と出会って、そして、互いが互いに誓い合ったのだった。
ずっと友達でいようと。
ただそれだけ。だけどそれは、とても大切で。
同じ境遇の、小さな女の子同士の、本当に小さな約束。
わたしには二度とない、心の宝物。
それこそわが身を賭してでも守るべき至宝。
「わたしが必ず守る。だから、今は。何をどうするのかは聞かずに、信じてほしい」
必要なのは覚悟だけだった。ただしそれは、百巡した宇宙の、これまでのわたしには持ち得なかったほどの不退転の決意を自身に強要することにもなるのだが。
そうすれば、少なくとも、美琴と咲子は助かる。
だからせめて、もう少しだけ。
ボンクラ女子高生の、ボンクラ三人組のままでいたい。
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