第136話 隷属解放の乱事件 救出劇の後で その1

「それから、どうなったの……?」


 ここは可能性世界の葛城市。元世界では進学校桐生学園ミスカトニック高等学校内部にある施設の一つ、薔薇の温室と呼ばれるの場所。

 地理的な座標は同じだが、世界線そのものが異なる古代巨木の、化石洞穴。現在のわたしたち三人と三体イヌガミ一匹オオカミの拠点となっている、一種の安全地帯。


 わたしこと時雨環、未来の宗家当主たる白露美琴、事実上の義姉の村雨咲子は、竹で作成したベッドに仲良く川の字となり、身体を寄せ合っていた。


 九月の残暑は、この洞穴の奥から緩く流れてくる冷気のおかげで程良く打ち消され、むしろ快適だった。触れ合う女の子同士の体温が、安心感すら呼び寄せる。


 かさ、とベッドの下から気配が伝わってくる。


 ニホンオオカミの震電だ。彼は竹のベッドの真下にウサギの皮でできた敷物を敷いて寝そべっていた。この子だけの特性なのか、あるいはニホンオオカミにそういう気性があるのか、狭くて暗い場所が好みらしかった。狼の巣穴、なのかもしれない。


「えっと、その前に。気にかかる事案が一つ」


 そろそろ夜も随分と更けて、眠るには良い時間のはずだった。

 感覚的にも結構眠い。両瞼が、そろそろ眠るべしと重くなっている。しかしそれをさせじと先ほどから美琴と咲子の手が、わたしの胸に粗相を働いていた。


「うん、事案……?」


 当人たちはさり気なくしているつもりなのだろう、彼女らは服とブラの上からこちらの胸をさわさわと撫でつつ尋ねてくる。

 たとえ平坦な胸でも、作為的に触れられれば乳首にかかる刺激は相当くすぐったくなる。なので彼女らの手を甲の側からそっと掴んでしまう。


「二人ともわたしの胸をいじるの禁止。こんなぺたんこ、なーにが楽しいんだか」


「えぇー。シンデレラバスト、堪能したいもん……」

「これはこれで良いものだ。やはり姫君とくれば華奢で胸が薄くないといかん」


 なるほど。この辛うじてAカップの胸にそういう素敵な表現があるのか。後、咲子の発言はちょっと酷くないか。ないよりある方が、絶対に良いに決まっている。


「じゃあサキ姉ちゃんは当然として、ミコトのおっぱいも、モミモミさせて?」


「えっ、うん。いいよ、もちろん。でも、できれば触りっこにしない……?」

「わたしには断りもせず、揉んだり顔を押しつけたり匂いを嗅いだりしてくるのに」


 欲求に素直なCカップの美琴と、なぜか苦情を垂れるIカップの咲子だった。ちなみに咲子の胸は妹特権で私物化して問題ないと、自分の中で勝手に決めている。


「それでクトゥグァ召喚なんだけど、あっ、ちょっ、こらっ。二人ともそれはっ」


 美琴と咲子は、申し合わせたようにわたしの服の中に手を突っ込んできた。


「大丈夫……触るだけ……。本当は指先でサクランボを転がしたいけど……っ」

「普段からわたしの胸を好き勝手しているではないか。今夜くらい意趣返しさせろ」


「えぇ……」


 まさか、この状態で喋れと?

 服の下のブラの下。ダイレクトに手で胸の先を覆われたまま?


「くっそ、ならわたしも二人の胸に手を突っ込む! せめてBにはなりたいぞ!」


 半ばやけになって二人の服に手を入れる。迎える胸が気持ちいい。

 わたしはおっぱいが大好きだ。とても大事なことなので、あえて繰り返す。


 諸君、わたしは女の子のおっぱいが大好きだ。


 そうして話を続ける。


「……で、こっから先がさらに大変でさ、クトゥグァは、召喚されてしまうの」


 実のところ同胞救出作戦よりも、ここから先に起こった出来事の方が大変だった。


 ある意味、反逆アルスカリどもは、彼らの考える隷属状態から脱したと言えよう。

 ちゃんと奉じる神を召喚せしめたから。そう、生ける炎、クトゥグァ。


 しかしそれ以上に犬先輩が活躍したり、響がわたしに対してどう考えても妨害だろう歪んだ愛情を発露させたりと、色々と面倒くさいので簡略させて書こうと思う。


 炎の神クトゥグァは、入念に準備した儀式用具に召喚陣、魔力タンクとなったわが一族の少女が二人と、何より、自らを捧げた祭司の生贄を喰らって降臨してしまう。


 控え目に言って地球の破滅だった。

 太陽系の破滅も、ついでに起きそうではあるが。


 ただ、単為降臨とは違い、人的作為による召喚なのが救いだった。


 特にこの炎の神の場合、混沌のナイアルラトホテップに襲われた召喚者が自爆覚悟で呼んだなど、特殊な例外が絡まない限り人的作為はまだ対処のしようがある。


 そう、今回の場合は、本当にギリギリの条件回避であった。

 何せわたしと犬先輩の肩には、混沌の神の顕現体がいるのだから。


 ともかくそういったヤバすぎる例外はあれど、基本的に矮小な人の意思と手によって呼び出されたかの炎の神は、降臨して速攻で全開バリバリではなく、召喚からしばらくは人を模した姿で、比較的おとなしく顕現する傾向にあった。


 そうしないと召喚者がいきなり火だるまになる――ではなく、どだい人如きが巨大神性を縮尺なく召喚せしめるなど魔力的に不可能だからに過ぎない。

 降臨後、イヌガミのセトが喰らった火の精の塊を得るのなら話は別になろう。が、通常は空間に潜む魔力と火気を吸って徐々に、やがて激しく燃え上がるのだった。


 特記するに、この絶対的な力の差という事実を逆利用すれば、召喚者に有利な条件を付けられないこともなかった。敵対対象を定めたり、神より加護を賜ったり、守護神にしたり。大抵の場合、失敗して発狂するか無残な死を遂げるかになるけど。





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