第137話 隷属解放の乱事件 救出劇の後で その2

 クトゥグァは、灼熱の炎を纏った裸体の少女の姿で、降りてきた。


 半端な儀式で、しかも祭司自らの生贄で無理に降ろしたにしてはまだまともと言えよう。本来ならこのような無理を押し通した場合、形を伴わない場合が多いという。


 それでも、とにかく、熱い。


 炎熱の塊。


 現段階ではで済んではいるが、これは。


 つまり、行動を起こすなら、最弱の今以外にない。

 しかし、どうするべきか。


 恐るべき熱量に当てられ、首元へ汗が流れ落ちていく。


 大量の――いや、違う。これは。


「ちょ、響。アンタおしっこ漏らしてるでしょ! 生温いのが首元に当たってる!」

「だ、だって。やっぱり、怖いもん……っ」


「うわ、なんか凄い勢いで背中を伝ってる! やばっ、下のジーパンまで! もうやだぁっ。まさか混沌の神さまに女児用オムツが必要だとか誰が予想するのよっ!」


 肩車にしていた響が、あろうことかわたしの首元で、盛大に失禁をやらかした。


 うわようじょおもらし。


「うう。おしっこ、とまらないよぉ……」

「泣くなっつーの! むしろわたしが泣きたいわチクショー!」

「帰ったら、オムツ、つけてくれる?」

「あーもー、パンパースでもアテントでも布オムツでも好きなの当ててあげるわ!」


 そのときだった。

 上を向き、情けない声の響にわたしが抗議をしている、まさにこの瞬間。


 ガツン、という音が跳ねた。ちょうど、歯と歯を激しく噛み合わせたみたいな。


 ハッとして炎神クトゥグァを見た。

 腰から上が喰い千切られたようになっていた。


 やったのは、セトだ。


 犬先輩のイヌガミの、柴犬のセトが距離を無視して召喚されたクトゥグァを喰ってしまったのだった。この異常さ。なんという恐るべき力を持っているのか。


「炎の神を喰うとかパネェ……。普段はすっとボケた柴犬のフリをしてたのか」


 しかも今の『捕食』で、かの神が体内に有していた魔力まで血肉として取り込んでしまうはずだった。イヌガミとは、なのだ。


 下半身だけとなった炎の神クトゥグァは膝をつき、転げるように倒れてしまう。そうして一瞬、カッと紅蓮の火柱を上げ、かの炎の神は召喚陣から消えてしまった。


「ふぅーはははっ、ざまあねえぜクトゥグァ!」

「ざまあねえぜくとぅぐぁーっ。ばーかばーか、ばーかっ!」


 犬先輩と彼に肩車されている響はガッツポーズをとっていた。上機嫌だった。


「なんであっちの響は漏らしてないのよぉ……」

「うう……。タマキお姉ちゃん、お漏らしごべんなざいぃ……」


 笑い声を上げる向こうの響とは対照的に、小刻みに震えて泣くこちらの響。


 むぐぐ、と呻ってわたしは目を閉じる。

 邪とはいえ神が謝罪している。なのでこれ以上は怒っても無意味だろう。


「まあ、着替えればいいわ。ホテルに行ったらアンタのも全部クリーニングしよう」


「ねえねえ。お風呂、一緒に入ってもいいよね……?」

「なんだろう。この子の甘えん坊気質にどんどん絡め取られている気がするわ」


 ため息をつく。無邪気こそ最大の邪悪、か。邪神、パネェ。


 ともあれ、これで一先ず炎の神クトゥグァそのものは解決を見た。

 ――と、思うだろう? まだ続きがあるのだった。


 クトゥグァを一撃で退散させたのは良かった。


 念のために書き加えるが、かの炎神はあの程度では滅びない。

 単に、降臨先での身体を喰われた

 もっと言うならば、元の世界に戻った


 たぶんこう言われてパッとしないだろうから例えを重ねるに、名前を呼ばれて窓から顔を出した瞬間に横っ面を殴られ、顔を引っ込めたに過ぎない。


 まさに、ワンパン。


 そして問題は、かの神が残した下半身にあった。


 いや、この腰から下の部分もすぐに炎が消失する形で見えなくなったし熱波もすぐに感じなくなっている。しかし、まだ残っているものがある。


 何かというと、大量の魔力が、である。


 召喚陣はまだ生きていて、対価となる魔力は激減したとはいえ健在なのだ。

 決して、油断してはならない。きちんと処理しないと大惨事となろう。





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