第80話 家族が増えるよ、やったね! その4
だが、今はそれがなんだというのか。
直面する問題としては実に些細な、というか。
頭を切り替えろ。川べりの探索は前座に過ぎない。
次なる探索こそ真打ち。
物事への順序や、取捨選択を決して間違えてはならない。
このすぐ後、一見すると廃墟としか思えない、当麻寺を探る。
果たして人間はいるのか。いるとして、どの程度の文明レベルなのか。
あるいは人ではない、神話生物を冠する得体の知れないモノが棲んでいるのか。
欠片でもいいので情報を見つけたい。それを、自分たちの安心に繋げたい。
この世界の異物たるわたしたち三人に対し、この世界の生きとし生けるモノは敵である。変に不安を抱えるより、初めから敵性対象と定めたほうがよほど気が楽だ。
当然、最悪のシナリオも考えねばならない。
何か恐るべき存在が棲んでいて、しかも明らかに敵対的と判断でき、かつ、わたしたちの存在に薄々でも気づいている場合だ。
というのも居住環境の整備のため、あまり隠密行動をしてこなかったのだから。
危険度を勘案に踏まえ、いち早く遁走するか、あるいはその――原住民を、先手にかけてすべてを抹殺する必要が出るやもしれない。
わたしはやるときはやる。一切の感情を交えず、敵を殺せる。
それは一昨年の、食屍鬼の人間失格さんと戦線を結んだ、アルスカリ共の隷属解放の乱で実証済みだった。ああ、そうさ。わたしは敵を殺しに殺しまくったよ。
そういえばまだ手記には書き込んでなかったか。
頭の中ではすでに一連の出来事が文章化されているので、機会があれば書き込んでおこうと思う。あってほしくはないけれど、いつか役立つかもしれない。
来た道を戻り、いや、道を作ったのは自分たち三人の足によってだが、ともあれ一度退却し、小川を離れて平地林に入る。
わたしは概略地図を書き込んだノートを取り出し、開いた。
現在の位置は、拠点の洞穴より南南東二百メートル辺り。ここから当麻寺へは南西へ直進して五百メートル辺り。距離数に変えると驚くほど近いことに気づく。
「さて、今から当麻寺近辺の探索をするんだけど、例によってミコトにはイヌガミを斥候代わりに二体ほど放って欲しいの。索敵方法は単純円周ではなく扇形探索でお願い。気を絶対に緩めないでね。ミッドウェー海域作戦みたいになっちゃうから」
「ミッドウェー海域作戦って……?」
「第二次世界大戦の、日本を敗北に追いやる起点となった海戦だね。ここで赤城、加賀、飛龍、蒼龍、空母機動部隊の一航戦と二航戦が沈没し、優秀な兵がごっそり亡くなった。敗因の一つに常勝無敗と慢心して索敵をおざなりにしたのが挙げられる」
「タマちゃん、物知りだねぇ……」
「興味を引いたものしか頭は回転しないけどね。ともかくこの可否が安全に直結するので、気を抜かずにやってほしいの。で、その扇形探索の方法なんだけど」
わたしは美琴にノートに図を描いて具体的にどうするのかを教えた。
その方法は言葉の通りの動きだった。
まず初めに百メートルなら百メートルだけ直進するとしよう。そして三十メートルほど横移動、やがて元の場所へ――今回の場合は使役者の美琴へと戻る。これを時計回りに、視点を広げれば円を描くように繰り返していく。
なお、横移動は小さいほど索敵の精度は上がり、二重に行なうとさらに精度は上がるのだが、その分時間と労力が重くのしかかるのは言うまでもない。
しかし慢心すると旧日帝海軍の二の舞となりかねない。このバランス具合が悩ましい。もっとも、美琴にはそれは口にしない。彼女のやる気に翳りを与えたくない。
「――とまあ、こんな感じでやっていくんだけど、できる?」
「うん、大丈夫……。レーベくんたちに障害物とか関係ないから……」
「目が回るからあまり速度は出さないでね。それと出すのは二体まで。残りの一体はミコトの視覚になって貰わないと。じゃあわたし、ちょっと向こう行ってるから」
「うん、タマちゃん……」
わたしはティンダロスの呼び声対策に二人から離れて目を閉じ、耳を押さえた。
「いいよーっ、いつでもーっ!」
しばらくして咲子がわたしの肩を叩いた。扇形探索は始まったらしい。わたしは美琴のもとに駆けよって、念のため彼女がつまずいて転ばないように手を繋いだ。
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