第79話 家族が増えるよ、やったね! その3
ひと段落ついたところでわたしたちは小川の上流に向け、そのへりをたどった。
この小川は観測世界では熊谷川と呼ばれる河川に繋がる、その名もなき支流だった。十メートルほどの川幅は、百メートルも歩くうちにどんどん狭くなっていく。
「これは……ちょっと厳しいかもしれないね」
「確かに草むらの生え方が尋常でなく凄まじいな。もはやここまでか」
「レーベくんからの探査情報では、大小の蛇がたくさん潜んでいるみたい……」
「蛇も美味いのだが……この草むらでは相手が悪いな。あれは隠密のプロだ」
「伝説の傭兵だしね。スネーク、今すぐリセットボタンを押すのだ!」
「それはちょっと違うかも……?」
川幅が半分になったところで、その縁がスズメノヒエなどの丈のある草に埋もれるようになり、歩行困難と判断して上流への探索は中座することになった。
引き返す際に、咲子が目ざとくセリの群生と暑さでダレた感じのクレソンの群生を発見した。採取し、つい先ほど作成した蔓のトートバッグにどんどん詰めていく。
野菜の確保は嬉しい。セリは独特の苦みの中に葉酸と鉄分が多く含まれ、わたしたち女性によくある貧血に対する予防ができた。ベータカロテンもよく含んでいて、それはアンチエイジングや癌の予防に効果があるという。
クレソンもベータカロテンを多く持ち、辛味の食感はワサビと同系統のグルコシノレートを含んでいるためだった。カリウムやカルシウムも多く、骨祖しょう症の予防にもなる……のだが、はて、これはどうしたものか。わたしは首をひねった。
「ねえ、二人とも。わたし、なーんか嫌な疑問が浮かんだんだけど……」
「お前のその真剣な顔は、重大な何かに気づいた証左だな。忌憚なく言ってみろ」
「サキ姉ちゃんはクレソンも取れるって言ったよね。確かにそれは、川に自生していた。でもあれって、日本古来からのものだっけ。セリは二千年前から食用として使われていたのは知っているんだけど……クレソンって、フランス語の読みだよね?」
言われた咲子はハッとした顔になった。
「タマキよ。お前は本当に凄まじいな。確かにクレソンは明治時代初期に外国人宣教師が各地に持ち込んだもの。ならばこの世界の文明は少なくとも――」
「「「明治時代まで、続いていた……?」」」
いやいや、それはおかしい。
「でもさ、どう見ても、これは続いていないよね。何もないんだし。まあ当麻寺がある以上は平安時代まではあったと思うけど。この世界には、一体、何が起きたの?」
榛名レンが世界線跳躍のために気軽に振るった力は、もはや邪神群にも匹敵する恐るべき力だった。旧支配者、旧神、外なる神。少なくともあれら恐るべき存在と対等もしくはそれ以上に殴り合える力を持っているということだった。
何を言っているか分からない? 力の尺度が、さっぱり分からない?
イヌガミ筋のわたしたちであっても、数か月の儀式の果てによってなされる大魔術を、たかが指パッチンで世界線跳躍などできないということだ。科学的に行なおうとすればどれほどのエネルギーと資金を必要とするか、正直言って想像もつかない。
榛名レンは異常な力を振るい、わたしたちをこの世界へ飛ばしたのが発端。そうしてわれらが宗家の跡取、白露美琴への試練。わたしと咲子は介添え人に過ぎない。
くどい言い回しで何が言いたいかというと――、
手段など問わず、どんなことをしてでも美琴を守るよう榛名レンに厳命されてはいれど、それについてもおのずと限度というものがあった。
仮に、実はこの無人然とした世界は未知の殺人ウイルスの蔓延した環境下にあるとか、実はまだ気づいていないだけで周りが殺しても死なないゾンビだらけというB級映画もかくやの状況など、地獄みたいな場には送り込んだりはしないはずなのだ。
「んー、言い出しっぺで悪いけど考えても無駄っぽい。なのであえて無視しよう」
「しかし湧いた疑問に、そう簡単に切り替えなど難しくないか」
「前向きに、食料確保ができたってこと解決しておこうよ。朝、わたしがユーレカした洞穴の案件だって、別に大事なかったからとサキ姉ちゃんは判断したっしょ?」
「う、うむ。そうだったな」
「タマちゃんは、いざというとき、本当に頼りになるの……」
「基本形がちょっと引っ込み思案で、でもところによっては誰よりも思い切れるミコトの性格は、なんと言うか、いかにも女の子っぽくてわたしは大好きだよ?」
「えっ……あ、うん。ありがとうタマちゃん……」
ほんのりと頬を赤らめる美琴。ああ、もう、可愛いな。美少女は良いものだ。
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