第148話 燻製熟成・狩猟罠の見回り・新たな獲物 その1
燻製の作成はただ煙でいぶすだけでは不十分だと咲子は言う。燻した後は、肉を休ませる意味合いで一度は必ず冷まさなければならないのだという。
そうしないと薫香が上手く定着せず、さらには自分たちの目指す保存食としてもイマイチな出来になってしまう。作るなら、保存食でも美味しくしたい。
肉は燻製屋台骨ごと拠点洞窟内に担いで行く。えっちらおっちらである。
何度も書くが、洞穴内は奥からの緩い風が常に流れていて、短期とはいえ保存食を作るにはかなり好適な環境が整えられていた。
わたしと咲子は屋台骨を持ち上げて危なげなく奥へとセッティングをし直す。ヒノキの薪の山の向こうへ場所設定し、できるだけ平坦な面に台を降ろす。
次いで、煙がなるべく逃げないよう閉じていた壁代わりの枝葉を、屋台骨から丁寧に取り外す。薄暗いので良く見えないが、吊るした肉はすべて飴色に染められているようだった。しかも現時点でも美味しいとわかる香気が凄いのなんのって。
まあ、今は、満腹なので食指までは動かないけれど。
燻製時間は、標準的な温燻法では高めの八十度前後の熱で、約二時間半ほど燻煙をかけている。この辺りの熱や時間的さじ加減は咲子にすべて任せ切りなので、彼女の言うままの内容しか書けない。いずれにせよ頼りになる義姉なので心配は無用だ。
中身は、シカのリブが丸ごと二個、モモが後ろ足二本分、背ロースと肩ロース。それから前足の一部、重量は屋台骨を除いて、十五キロ前後という感じだろう。
「こうしておけばまず三日は保存食として食せる。強めの熱で一気に二時間半燻煙したので、ジューシーさと干し肉の独特の旨味の両方を楽しみつつ腹を満たせる」
「賞味期限は三日、消費期限は四日って感じ? わたしら三人と大食漢の震電がいるし、しかも今日で三日目だし、どうせ二日間ほど持てば問題ないね」
「サバイバルって、お肉な生活なんだねぇ……」
感心と納得の混じったような美琴のひと言に、わたしはそうだねぇと同意した。
その後しばらくして焚き火の後始末をし、燃えさしを缶に詰めて保存、笹の葉茶を竹の水筒に詰め、わたしたち三人は生乾きの下着を手に水浴びに出かけた。
上機嫌の震電が、前へ後ろへと自分たち三人の周りを足取り軽く随伴している。
わたしはシャベルと鍋を手にしていた。
美琴は空のボウルを二つ。
咲子は弓と矢を背負い、手にはろ過機を持っている。
さらに、それぞれ腰には大型ナイフを装備していた。
途中、咲子の提案でウサギ用の吊るし罠の様子を見に行った。
罠は作動していた。
が、めちゃくちゃに壊されていた。
地面には血がまき散らされ、破片となった毛皮がそこかしこに落ちている。
「あー。これはやられたねぇー。犯人は例の狼たちかな?」
「シンちゃんは足を怪我していたから良かったが、狼の跳躍力を甘く見たようだ」
「だからシンちゃんじゃないってばー」
「罠、直しておく……?」
「食料は潤沢だし、約束は五日間で、あと二日で終わりだからもういいね」
「うむ、そうだな。危ないので針金だけ回収しておくか」
どうやら罠にかかって宙吊りのウサギを、狼たちが喰い千切って持って行ってしまったらしかった。獲物の横取りは自然界では往々にしてよくある話である。
念のため他の動物に危険がないよう針金を回収し、罠の部品となった木片はバラバラにしてしまう。震電がどことなく申し訳なさそうにこちらを見上げていた。頭を撫でてやる。彼が元いたウルフパックの仕業だとわかっているのだ。賢い子だった。
ついでに第二第三のウサギ罠も確認し、こちらは何もかかっていなかったので針金だけ回収して罠を廃棄する。ウサギ肉も淡白で旨かった。また食べたいと思った。
そうして第三のウサギ罠から川へ向かう途中、運よくアケビを見つけた。蔓で作ったバッグに詰めるだけ詰めて行く。これはおやつ兼夕飯のデザートにしよう。
考えていたよりもずっと大回りしてしまったが、ようやく水浴びである。
「さーて、さてさて」
わたしは川べりにシャベルとアケビの入ったバッグを置き、ズバッと全裸になる。
どうせ自分たち三人しか人はいないのだ。そもそもわが裸体など、恥じらいをもって告白するに、美琴も咲子もこの三日間で触れなかった部分がないほどだった。
同性であれ、信頼できる人と身を寄せ合い、触れ合うのは、幸福感と悦びが伴う。
それは良いとして三人とも裸族もかくやの勢いで制服を脱ぎ放ち、まずはパシャパシャと水を体に慣らしてやがて身体に付着したままの汗を溶かしていく。
美琴がじわりと抱きつくポーズを取ってきたので、その前にわたしから彼女に抱きついた。そういう気分だったのだ。ついでに彼女の滑らかな絹肌を、塗れた手で優しく揉みしだいてやる。手招きし、咲子も呼んだ。一人でも二人でもどんと来い。
ざぶりと三人は腰を下ろして互いの身体を堪能しつつ洗い合う。
美琴も、わたしの胸に濡れた手を這わせていた。咲子はわたしの太ももに触れている。手で柔らかく汗を落としてくれる。身体がビクンビクンするほど心地よい。
言葉なんて不要。互いの身体を水で洗い流しているに過ぎない。ただ、ちょっとばかり濃厚で、人よりもずっと心も体も接近し合っているだけの話である。
身体の汗を流してスッキリしてから、制服のカッターシャツとスカートを水洗いにかけた。と言っても川面に衣服を浮かべてバンバン叩き、なるべく汗や脂、落ちた皮膚片などの老廃物を流すようにしてみた。洗濯洗剤の便利さが、よくわかった。
どれくらい経ったか、のんびりとあちこちを嗅いだり水を飲んだり岩場に寝そべったりしていた震電が突如耳を立て、慌てた様子でこちらへ駆けてきた。
川べりで止まり、わふっ、と鳴く。何かを察知したらしい。
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