第149話 燻製熟成・狩猟罠の見回り・新たな獲物 その2
「――タマちゃん! 判別不能の凄く早い茶色の塊が!」
震電の察知能力から一瞬遅れて、美琴が鋭い声を上げた。
わたしは即断し、制服の上下を美琴へ投げ渡して全裸のまま川から上がり、シャベルを手にする。同時に魔力を丹田の辺りで円を描いて加速させ、練り始める。
「ミコトは絶対に川から出ないで! イヌガミをすべて自己の防衛に! サキ姉ちゃんは弓で援護をお願い! 震電、お前はわたしの後ろで迎撃準備!」
被害を逸らすを口の中で唱える。次いで魔力付与をシャベル全体に通す。
本気で魔力注入されたそれは、禍々しくどす黒い紫の光輝を湛える魔剣の如き様相に変化する。刃に触れるだけで分子分解しつつぶった切れるのだった。
シャベルは下段の陰の
前方の林を見据える。水辺の具合なのか元々からの湿地条件があったのか、睨みつける先の林一帯はシダ類植物が濃密に生え揃い、奥が見通せなくなっている。
だが、何かが猛然と突進をかけてきているのはわかる。
シダ類の背より小さな何か。
獣か、神話生物か。
「いずれにせよぶちのめす! 命が要らないならかかってこいやコラぁ!」
ザンッ、と茶色い塊が飛び出してきた。
イノシシだった。大きさこそ小振りだが、酷く興奮している!
そいつは真っ直ぐにこちらへ突っ込んでくる。
猪突という、額面通りの猛ラッシュ。
わたしは半身分だけ左へとすり足移動する。かの害獣をより斬り易くするために。
「無駄ぁ!」
突っ込んでくるイノシシは、その突進威力から考えもつかない方向へと変更した。
被害を逸らすで、わたしから見て右に強引に逸らされたのだ。
そこに合わせて下段から斬り上げる。胴と同じ太さの首を初太刀で斬り飛ばす。
打ち首。
頭部を失いつんのめる害獣。勢い余って川面に半身が飛び込む。
「うむ、見事。阿賀野流戦国太刀奥義、逆さ釣瓶だな!」
「実質は逆袈裟さね。下から上へ斬り上げるのは対人戦だと躱されにくくて良いのよねぇ。試合で、同門門下生の桐生玲於奈ちゃんをこの技で何度も勝利してるの」
わたしは残心を忘れずに、呼吸を整える。イノシシは、絶命した。
後に知られる有名どころを上げれば柳生新陰流など、刀身を下段に構えて背後へと刃を隠す独特のスタイルを確立した祖流が、愛洲陰流と呼ばれる剣術だった。
が、わたしの修める阿賀野流も、たぶん愛洲陰流開祖の愛洲移香斎と親交があったのだと思う。良い技や思想はどんどん取り入れるのが、阿賀野流戦国太刀だった。
それにしてもわからないのが、このイノシシについてだ。
干渉した覚えなどまったくないはずが、どう考えても明らかにわたしたちに敵愾心を燃やして突っ込んできていた。うむ、何かしたっけか。わからない。
「まあ、アレだね。シシ肉ゲットだ! 出てこなければ死ぬこともなかったろうに」
弓を置き、同じく全裸のまま咲子が死体の検証にかかった。
「ふむ、見よ。タマキが一撃で斬り飛ばしたこの首、観察すれば近日つけられたであろう傷が顔全体に散見される。これは咬み傷。よほどの咬合力でやられている」
「そうなの? こいつって、手負いだったわけ?」
「胴体も同じだ。治りかけてはいるがあちこちに裂傷痕がある。性別は雌、か。腹部の乳首がだらしなく伸びている。春の出産を失敗して、今頃に出産でもしたか?」
水浴びの続きはやや上流へ移動するとして、わざわざ飛び込んで食糧となってくれたイノシシの処理を優先させようと決めた。
殺処分した当個体は上手く前半分が川面に突っ込んで血抜き状態になっていた。首そのものを斬り飛ばしたのでその効率は最高である。
まずわたしは魔力付与されたシャベルで穴を掘った。
イノシシの内臓を落としても良いように、かなり深めにだった。付与された魔力のおかげで豆腐でも切るかのようにするすると掘れる。そして咲子と一緒に、前回シカに用いた宙吊り台を、今作ったばかりの穴にまで移動をさせる。
美琴には周囲警戒に当たってもらう。狼の震電は、ともすれば背中が痒いのかと思うほどわたしに腹を見せつつ、こちらへ仰向けのまま器用に身を寄せようとした。なぜにそのような行動に出るのか意味不明だが、ともかく尊敬の念は伝わってくる。
「バックトゥザフューチャーって映画の主人公が、過去に飛ばされて紆余曲折、若いころの父母のダンスパーティでギターを弾いてテンション上げちゃったポーズ的な」
「わたしとしてはこの子の敬服表現になぜそれを選ぶのか、お前の方に疑問がいく」
ちなみに三人とも全裸での作業である。
汗をかけば、そのままザブンと川に飛び込めばよい。
生まれたままの姿は素敵だ。美琴の視線をギンギンに感じる。
三体のうち、おそらく二体のイヌガミを使ってのピーピングなのだと思われる。
そういうわたしも咲子の胸を注視である。
ああ、乳首、吸いたい。
なんどでも言う。わたしはおっぱいが大好きだ。
咲子は呆れ顔のままで、震電は震電で腹を見せて尊敬の念を放射し続けていた。
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