第102話 あっさりにして濃厚なウサギ鍋。ところによりアマゴの串焼き その8

「恵一くんを妊娠させたい。組み伏せて尻穴に情愛をありったけ注ぎ込みたい」

「ダメダメじゃん、それ。普通の人間は、女が、男を妊娠させたいとか願わない」


「……どうしても、消さなきゃいかんか? これ、一枚五千円するのだがなぁ」

「ダメ、絶対。消さないとSAN値が底をつくから。静かに発狂したいの?」


「うう。わが愛しき金曜日の女神を消さないと行かぬだなんて……」

「なんなのそのおっかない名前。金曜で女神というと、金星の女神ヴィーナスか」


「それもあるが、金曜日フライデーの語源、女神フレイアだな。彼は二匹の黒猫を飼っている」

「まあいいわ。男に女神とか狂ってるし。一応、言い残すことがあれば聞くよ?」


「恵一くんのこの女装には事情がある。始まりは一学期末試験を彼の彼女さんと競い合ってのものらしいのだ。恵一くんは一点差で負けた。そしてその罰ゲームで、夏休み中はコノハナサクヤで女装してアルバイトとなった。彼の彼女さんと一緒にな」


「というか彼女いるじゃん。わたし的にはリア充なんて超新星爆発だよ、もう」


「……南條公平なんじょうきみひらは恵一くんの友人でな。ヤツは見事なメイクで彼を奥ゆかしい美少女に仕立て上げた。知人でも気づかないほどにな。だが、色々あってやはりバレた」


「普通に考えるなら、当たり前だろうね。だけど彼は『普通』じゃないわ」


「看破したのは女子寮の生徒の一人。そこに至る経緯はもちろんあるが割愛するとして、その彼女はしかし、事実を知りながらも足繁くコノハナサクヤに通った」


「うん? なんかしっくりこないけど、いいや。続けて、どうぞ」


「アレだ。可愛いは正義なのだ。惜しいのは、この時点ではわたしはまだ気づいていなかったことか。気づいていれば皆勤でコノハナサクヤに通っていた。残念にも看破したかの少女は、わが同盟の士ではなかったために、出遅れたわれら同盟はたったの二週間しか行けなかった。そうして夏休みが明けた数日後。ああ、ミスカ女子高とは違い、進学校あっちのミスカ高は八月の下旬には二学期が始まる。ともあれどっぷりと恵一くんの魅力に漬けられた女子寮の面々の全員が、彼にとある嘆願を申し出た」


「聞くの怖いけど、言ってみて」


「夏休みが終わってもう二度とあのお姿に出会えなくなるのは残念過ぎて学業に支障が出るほどなので、せめて一週間に一度、女生徒の制服を着てくれまいか、と」


「うわぁ……」


「お前も画像を見ただろう? アレが見れないのは辛抱堪らん。なので、彼を拝み倒して一週間に一度、体育科目のない金曜日に、女生徒になってもらう運びとなった」


「男の子のままだったら、ダメなの?」


「わが義妹いもうとにはこの素晴らしさが理解できぬらしい。成長過程の男の子の魅力と女の子の魅力が、奇跡の均衡を保っているのだぞ」


「お、おう」


「わたしは男の娘を愛でる『少年アリス同盟』創設者。しかしわれらが願いを彼に押し通すのは、さすがに罪悪感が伴う。ゆえに、女装は週に一度となった」


「おう……」


「かくして、恵一くんはわれら同盟の比類なき女神として相成ったわけだが」


「……サキ姉ちゃん、わかったよ」

「わかってくれたか!」


「その彼がSAN値下げまくっている魔性というのはね。さあ、画像、消そうか」


「タマキぃ、後生だぁ……」


「サキ姉ちゃんの泣き顔には加虐心が滾るけど、マジ、ヤバいから」


「うう……」


 咲子は渋面を作っていた。しかし彼女は消すだろう。


 わたしを監督する任を負い、何よりまだSAN値は底をついていない。決定的な確信は他にもある。写真画像に一枚当たりの価格を口にしていた。

 掛けた金額に価値を見出せる冷静さをまだ残しているのなら、たとえ方が悪いけれどもカルトな宗教に舞い上がって金をつぎ込むほどには堕ちてはいないとわかる。


「サキ姉ちゃん、愛する義妹いもうとを、見捨てるの? そんなの寂しいよぉ」


 攻めるは、今。そしてダメ押しである。

 美琴には悪いが彼女から腕枕を解き、わたしは咲子に抱きついてべそをかいてみた。切なそうな表情を作り、彼女の頬に口づけをする。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん……っ」

「……ぐむむ。わかった、消す。見ろ、ストレージ内のこれが写真ファイルだ」


 計画通り。


 言いながら咲子はファイルを消去した。しかも端末管理アプリでストレージにクリーンアップをかけた。これでもうデータのサルベージもできなくなった。


「ありがとうサキ姉ちゃん。大好き!」

「うう」


 当然ながら未練は残っているらしい。だが一先ずはこれで良しとしよう。

 もう一度咲子の頬にぶちゅーっとキスをして、さらに今一度、大好きだよとわが敬愛の念を耳に流し込んでおく。


 せっかくなので彼女の豊満な胸に顔を押し付けてその弾力も楽しんでおく。

 たゆんたゆんしていて幸せなのじゃあ。


 竹ベッドの下からふんふんと震電が甘えた鼻音が聞こえた。

 ちょうど彼はわたしの真下に潜り込んで、ウサギの敷物を寝床にしていた。彼は狭いところが好きらしかった。


 美琴が少しだけむくれた感じで背中から抱きついてくる。

 足を絡め、顔を寄せてきた。


「咲子お姉ちゃんばっかり、ずるい……っ」


 そういう問題ではないのだが。と思うも、イジワルしたいキモチが膨らむのはなぜか。わたしは美琴も大好きだが、同時に可愛い彼女をいじるのも大好きだった。


「ミコトは、どうしてほしいかなー?」


 もそもそと美琴の方へ向き直り、その手を取ってわが胸元に抱いた。手の自由を奪って、そうして、ついばむように、彼女の唇にキスをする。


 咲子には頬にキスを、美琴にはダイレクトな唇に。


「えっ、そ、その……じゃあ、お話をして、ほしい……っ」

「うん、いいよ。どんなのが聞きたいかな?」

「お、お任せで……っ」


 わたしは、ふむ、と頷く。ならばどうするか。

 たしか今日のお昼だったかにリクエストされていたあの話をしようと思った。


「あれは今から三十六万、いや、一万四千年前だったか。わたしたちにしてみれば昨日のようなモノだけど――ってまあ、冗談ね。でも世間一般的な時間の概念はともかく、ある意味では昨日のようにも感じる、昨年の師走に体験したとある種族の隷属解放事件について話そうかな。なんていうか、かなり濃密な出来事だったしね」


 わたしは片腕を美琴の枕にと差し出し、咲子とは手を繋ぎ、そうして上を向いた。

 洞穴内は簡易コンロの小さな炎によって、薄く周囲を照らしている。


 その中で自作の竹ベッドにて、わたしは二人の美少女を両側に侍らせている。


 両手に華とでもいうのか。自らの性別が女であるのが惜しいような気がする。

 まあ、いい。わたしはにやりと笑みを浮かべた。これもまた良し、だ。






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