第64話 サバイバル二日目 その1

 この『可能性世界』は、街となるはずの大部分が平地林で覆われていた。


 人の文明の気配は――、

 南西の方角に崩れた当麻寺と思しき寺社があるのみで、希薄と言わざるを得ない。


 わたしたちが生活していた、いわゆる『アザトースの観測世界』では、この洞穴は四十年前に調査発掘されていたのだった。


 さて、ここでよく考えてほしい。

 ならば、この洞穴。

 可能性世界では、まだ埋まっていないといけなくはないか。

 なんで、この洞穴は、綺麗に発掘されているの? ということだ。


 わたしが投げかけた疑問の重要性に、三人して竹のベッドで車座になっていた。


「言われてみると、ふむ、まったくもってその通りだ」


 戦国武将みたいに胆の籠った胡坐をかく咲子は、下を向いてうむむと呻った。


「お母さん、お願い。あと五分……あと五分だけぇ……お願いぃ……」


 美琴は低血圧の影響もあってか薄く目を閉じて横座りしている。

 しかたがないので枕代わりにしていたスクールバッグから櫛を取り出して、彼女をこちらに呼んだ。肩口までふんわりと伸ばした髪の毛を優しく梳いてやる。


 昨日は風呂に入っていないのに彼女の髪はとても心地よい匂いがした。

 鼻を寄せて嗅ぎたい衝動を、堪えてゆるゆると櫛を動かす。


「本日やるべき内容に、この洞穴の謎を追うタスクも加えたほうがいいのかな」

「うむ……」

「それよりも、やっぱり生存優先で色々と整えるほうに注力しする?」

「……」

「ん? あれ? 返事がない」

「……」

「おーい?」

「……」

「返事がない、ただの屍のようだ」


 頷いたがそれからの咲子に反応がない。腕を組んで下を向いたままだった。

 よだれがつうっと、口からタレそうになっている。


「ねえ、ねえってばサキ姉ちゃん、どったの?」

「……あ、うむ。いや、まだその必要はなかろうとわたしは判ずる」


「やっぱり生存優先ね? というか、今ちょっと寝てなかった?」

「お母さん、あと一分だけ……」

「ね、寝とらんわ。そう、昨晩われらはここで泊まった。そして大過なく過ごした」


「危険性は低そうなので調査は後回しにするってコトでファイナルアンサー?」

「さよう。すべき事柄はまだまだたくさんある」


 なるほど、咲子の意見はもっともである。わたしもそれには賛成だ。

 でも、気になるものは、気になる。某刑事コロンボ氏のように、気になって夜も眠れず徹底的に調べるとまではいかないけれども。


「サキ姉ちゃんの言う通りかな? うーむうーむ。水、食料、火の確保。環境の改善と保守。五日間とはいえ、生存最優先。より深い探索は時期尚早と見なすべきか」


「お母さん、おはよう……」

「はい、おはよう。二度寝の可愛いミコトちゃん」

「まあそんな感じで口をゆすいで身だしなみを整え、火を起こし、水を汲み、朝食を摂ろうではないか。朝に活力を燃やさねば、一日が台無しになるからな」


 二度寝の咲子にしては道理は通るので、わたしは黙ってそういうことにした。





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