第63話 インターミッション その6
わたしは咲子に背中から首を絞められる感じで抱かれたまま、もう一方の、こんこんと眠る美琴の頭を撫でていた。彼女は、まるで胎児のように丸まってこちらにしがみついていた。
時刻は六時十分。朝だった。
昨日寝たのが何時だったか腕時計を見なかったのでわからないが、頭のすっきりした感覚から少なくとも八時間は熟睡したと思われた。
洞穴の出入り口から光が漏れ入ってきている。なんとも神秘的。今日も晴れて気温が上がりそうだ。小鳥が鳴くのが聞こえる。平和だった。
それにしても洞穴内の環境の心地よいことよ。
奥からゆるやかに流れる涼しい風はあくまで柔らかく、外気と混じり合って絶妙な空気を作り上げている。このような場所を知っていた咲子に感謝しよう。
四十年ほど前のこと、私立桐生学園ミスカトニック大学とその付属高校を建設する際には、この洞穴は古墳群の一つと目されていたのだった。
「……うん? 調査? 遺跡を?」
ふと、疑問が生まれた。それだと矛盾が生じるのではないか。
一日の中で分析力と洞察力、要はひらめきが最も活性化するのは朝だとされる説と夜だとされる説の二つがある。これは対象の人間が朝型か夜型かに依存される。
わたしは断然朝型の人間だった。夜とは、生物として、眠るためにある。
「そうだ、思い出した。昨日も違和感があったんだ。でも、ううむ、なんで?」
一人、呟く。そしてハッとした。この洞穴は、四十年前に。
「ユーレカ!」
わたしは叫んだ。このまま全裸になってアルキメデスのように駆け出しそうだ。
奇声に美琴と咲子も目を覚ました。
ただ、まだ、頭の方ははっきり動いていないらしい。
ミコトはさらにぎゅうっと、わたしにしがみついてきた。
咲子は何やらぶつぶつと呟きながら首に回した腕に力を籠め、あろうことかこちらの左耳をベロンベロン舐めだしたのだった。
「サキ姉ちゃん、絞まってる絞まってる。それ、わたしが死んじゃう」
「大丈夫だ、問題ない……」
「大丈夫じゃない、大問題だっつーの!」
「ほら、動くのわかる? わたしとタマちゃんの愛の結晶、赤ちゃんだよ……」
「ミコトはミコトでとんでもないな!」
「タマちゃんのふたなりおちんちん、もう最高……」
「わたしの股間が両性具有スタイルとか、むしろSAN値直葬だよ!」
寝ぼけた二人に肉体的&精神的に殺されては堪らないので、さっさと起こそう。
「おはよう、ミコトとサキ姉ちゃん」
「どうしたんだ……遠足の日の小さな子どもみたいにはしゃいで」
「はしゃいでないって。姉ちゃんの首絞めで危うく逝くところだったわ」
「おなかの赤ちゃん、消えちゃった……」
「ミコトはまだおねむさんかなぁー?」
それよりも伝えなければ。
「朝っぱらからアレなんだけど、ちょっと落ち着いて聞いてほしいの」
「ふむ、まずは言ってみよ」
「赤ちゃん……」
「あのね、観測世界ではここって、四十年前の調査で遺跡じゃないと判別したためにそれで更地にすべく山を崩したら、化石化したような大樹と洞穴が出てきたのよね」
「まあ、そうなるな」
「赤ちゃん……」
「じゃあさ、なんでこの洞穴が、ここにあるの?」
「意味が分からん。在るから、在るのだろう。存在せぬものは、存在せぬのだから」
「赤ちゃん……」
「そうじゃなくて。ああ、実はサキ姉ちゃんって、まだ起きてないね?」
「失礼な。きちんと目覚めておるわ」
「それじゃあさ、もう一度聞くね? よく、聞いてね?」
「赤ちゃぁん……」
赤ちゃん赤ちゃんとむずがる美琴は一先ず置いておく。寝ぼけているだけだし。
「なんで、この洞穴は、発掘された状態で、存在しているの?」
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