第65話 サバイバル二日目 その2

 鍋に残っていた笹の入りのぬるま湯を鍋ごと外に持ち出して、うがいをする。

 そして咲子からガムを一粒貰って噛む。

 うん、と背伸びをする。深呼吸して、ゆっくり吐く。


「うーん、天気も良くて気持ちの良い朝だねー」

「ならばタマキよ。いっそのことラジオ体操でもするか」

「いいねいいね。やろう。じゃあ、腕を前から上にあげて大きく背伸びの運動!」


 勢いだけでラジオ体操のくだりを口にする。

 小さいころ散々やったのでセリフはすべて記憶している。ついでに、恐怖の自衛隊体操もできるが咲子はともかく美琴がついてこれなさそうなので自重する。


 わたしたち三人は一通り体操して身体をほぐした。

 そうして鍋とボウルとペットボトル製の簡易ろ過器を手に、咲子はドーナツ状に丸めた蔓をなぜか肩に通して、川まで水汲みに行く。


 水場につくと先客がいた。


 人間ではない、シカだ。ニホンジカである。立派な角が生えていた。

 枝は三本、つまりこいつは満五歳以上の雄鹿だとわかる。


 全シカの最後の楽園たる奈良公園だと、雄同士のケンカ予防と観光客の安全のために八月の下旬辺りから角を切っていくという。そうして、十月の中頃には伝統行事として儀式に沿った鹿の角切りなどもあったはずだった。


「「「美味しそう」」」


 ところが、三人揃っての第一声が、これだった。


 強く逞しく、女子高で鍛えられた乙女の野生が疼くのである。こいつを狩れば、余裕で五日間は食事に困らないだろう。


 捕食への危機でも察知したのだろうか、立派な角のシカは、不用心なほどにどんどん近寄ってくるわたしたちにくびすを返して林のどこかへと駆けて行った。


「罠を仕かけて、今度はアイツを喰らおう」

「できればシシも狩れたら喰う」

「ジビエ、だね……」


 心を一つにして、まずは水汲みにいそしむ。


 鍋とボウルを川の流水でさっと洗う。そしてボウルだけ水を汲み、ペットボトルで作ったろ過器を通して鍋に水を注ぐ。これまで特段記述していなかったが、ボトルは二リットルの容量を持つ、お茶やミネラルウォーターが入っている大サイズである。


 鍋を水いっぱいにしたら、次はボウルに水を。

 ただしここでろ過するのではなく、多用途の、予備兼防火用とする。飲み水にする場合は後でろ過器にかける。


 ときに、何をしているのだろうか、咲子は先ほどシカがいた場所の近辺まで移動してしゃがみこんでいるのだった。



「鮎が獲れている。うむ、この罠に三匹いるな」

「ま、マジっスか……っ」

「他も見てみようか。期待に胸が膨らむな」

「スーパーボインのサキ姉ちゃんの胸も、さらに巨大化すると」

「ボインとか言うな。もう、揉ましてやらんぞ」

「ごめんなさい揉みたいです。おっぱい大好きだから」


 なんの会話を交わしているのやら。


 思い出せば昨日、咲子は蔓で魚を取るための罠を作成し、どこかに仕掛けていたのだった。結果、魚籠状の罠には計十二匹がかかっていた。それらはすべて鮎だった。


「なんで同じ魚ばかりが? たしか釣りのシーズンって六月くらいだったよね」

「八月から九月にかけて、産卵の準備段階で淵に群れるようになる。その一部がこれだろう。環境を汚すしか能のない人類がいないので上手く獲れたといった感じか」


 いずれにせよ食料の確保は嬉しかった。塩焼きにして食べる。高級食材である。


「まあこれはこうして、と」

「ああー。腕というか肩というか、巻いて持ってきた蔓ってそのためのかぁ」


 仕かけた罠の口部分に蔓を通して柵状にしてしまう。これで魚は逃げられない。


「うむ。朝から鮎も悪くはないが、それよりもミコトが何か作ってくれるそうだ。なのでこいつらは昼食用にしよう。十二匹もいれば十分腹を満たせるだろうし」

「大したものはできないけど、わたしも、頑張らないと……」

「ミコトは十分に頑張っているよ」

「ありがとうタマちゃん……」


 そしてわたしたちは水汲みから帰る――前に、下着を洗うべく制服を脱いだ。

 え? 水汲みの順序が逆だって? 洗って身綺麗にしてから水を汲め?

 まあいいじゃないの。そういうこともあるさ。


 残暑で発した汗を吸うだけ吸ったブラジャーとショーツである。

 若さのゆえの代謝臭がかなりするはずなので念入りに揉み洗いにする。ついでに下半身も川の水で洗い清める。オンナノコの部分は可能な限り清潔さを保ちたい。


 なので、今のわたしたちは、制服の下はノーブラでノーパンである。

 この解放感ときたらどうだ、性癖の変な扉が開きそうだ。なかなかに気持ちいい。





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