第93話 家族が増えるよ、やったね! その15

 わたしはなんとなく穴に落として放置したままの、シカの内臓を見つめていた。


 連想する。去年の師走の出来事を。

 今回の、可能性世界における得体の知れない未開地に吹っ飛ばされる時点ですでに大概だが、あれも自分史に残る強烈な体験だった。


 内臓、肉、食屍鬼。

 それは隷属解放の乱で出会った、人間失格さんとその奥さんの二人。


 内臓、肉、贄、儀式。

 それは敵対した焔神会という邪神信仰集団。攫われたわが一族の少女。


 第三の勢力――と、見せかけた傀儡存在。公安調査庁が秘匿する特殊部隊。アメリカで言うCIA準軍事組織に相当するもの。実は異形に乗っ取られている組織。


 生きるために肉が必要。信仰のために贄が必要。異形を排する力が必要。


 突き詰めると――食事のための肉が必要。

 魔術儀式には贄が必要。

 大量の魔力が必要。


 そして、閃いた。

 まるで頭の上にぴこりと電球でもついたような感覚で。


「あ、そっか。こいつを使えばいいのか。ずっと気持ちのどこかに引っかかっていたのかやっとわかった気分だよ。ふーむ、そういうことか、うんうん」


「お前が一人で納得するのは一抹の不安を覚えるな。わたしたちにも教えるがいい」

「ナイショごとは、ダメなんだよぉ……」


「いやね、シカの内臓を埋めずにほったらかしにしたじゃん。自分でもなんでなのかわからなかったんだけど、ティンダロスに属するわが灰色の脳みそが、気を利かしてこれまでの出来事から願望的推測を立てていたんだよ」


「と、いうと?」


「つまりね、わたしはニホンオオカミに興味がある。むしろ連れ去りたい。なら、どうすればいい? 安全を取るなら人と犬の関係の歴史、三万年分を今ここで積み上げてしまえば良い。どうやって? イカサマしちゃえばいいってコトよ。要は、永続仕様の支配をかければいいの。贄を以って、神仕様の超強力なのを一発カマす!」


「すまないタマキ。もう一度、説明を頼む。何を、すると?」

「タマちゃん、わたし、わからないよ……?」


 わたしは至って真面目に答えた。が、二人には理解が追いついていなかった。


「肉を贄に儀式魔術を執る。概要は、増幅魔術で上乗せして永続性の支配をかける」


「そういえば昨年の冬に、翻訳写本とはいえ魔導書を手にしていたな」

「儀式って、何度か宗家に呼ばれて祭祀の形で行なったけれど、準備の時点からびっくりするほどの人々や、労力や資金や時間がかかって大変なんだよ……?」


「その準備ってさ、突き詰めれば儀式者が魔力的に無理をさせないために用意するものだよね。一方、わたしは故郷ティンダロスから帰還のお誘いが来るほど魔力が余っている」


 沈黙が。二人ともわたしを引き留めるかGOサインを出すかで迷っているらしい。


 だが咲子はパンと手を叩いて場を〆た。

 年長者として、美琴の代わりに心を決めたようだ。


「まあ、お前ならできるだろう。わたしはお前を信じる。やってみよ。昨年の冬の騒動で、有り得ぬほどの大規模魔術を執り行なったのを報告に受けているからな」


「えっ。咲子お姉ちゃん、わたし、知らなかったよ……?」

「宗家ルートの情報ではないのだよ、ミコト。は一族のジョーカーゆえに」


 おそらくあの事件で一緒に探索した、からもたらされたものなのだろう。


「そんなわけで二人ともわたしの後ろにいてね。でないと、巻き添えを受けちゃう」

「えっ、えっ、本当にするの……?」


「概要はさっきの通り。儀式魔術で三万年の月日をチートして、赤ずきんを溺愛する狼を作る。母さんはコーギーを飼ってたけれど、わたしは狼を飼っちゃうぞ!」


 母のコーギーはイヌガミ候補だった犬だ。名を、ラッキー・ジャーヴィスという。


 わたしはナイフを取り出し、左手首を切り裂いて前方へ突き出した。


「タ、タマちゃん!」


 美琴が悲鳴を上げた。しかしわたしは流れる血に構わず集中を高めていく。


「魔術行使、増幅の陣を構成。重ねて、増幅の行きつく儀式祭壇の陣を構成する」


 自らの血液を触媒に魔術刻印の陣を構築する。

 どす黒い赤で描かれる円陣には歪んだ三角と最も旧き神代文字が浮かんでいる。


 実のところ、わたしは魔術そのものがどういう機構を経て動いているのかあまり詳しくない。しかし問題はない。どういうふうにすれば良いかは知っている。


 例えるなら、スマートフォンはどういう仕組みで動いているか知らなくても、使い方はわかっているので問題なく操作できるようなものだった。


「このとき、この瞬間を。限定的、儀式的な円陣を組みて、真冬の夜とする!」


 変異、変遷。


 ぐるりとわたしたちを中心に二十メートル四方の空間が渦巻く。

 


 夏の間中に溜められた地熱の影響で物理的な寒さはないが、体感的には寒く感じるはずだった。有り余る魔力で空間を限定して捻じ曲げ、事象を書き換えたせいだ。






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