第68話 サバイバル二日目 その5

「タマキよ。今日の予定はどうするつもりでいる?」


「んー。優先順位は水と食料の確保、次に生活環境の改善、最後に探索だよ。水はさっき汲んできたし、食料についてはお昼の分は確保した。となると、アレだね」


「罠を張って狩りをする。もしくは木の実や野草の採取だな?」


「うん。それから出入口を手入れして、後、第二のトイレを先に作るのと、紙の代わりの葉っぱを収集。燃料の薪はたくさんあるからいいとして、最後に周囲の探索」


「探索を最後にする意図は? いや、大体の予測はつくが、念のため」


「必要以上に足を延ばさないようにしておけば、その慎重さの分だけ、もしかしたらいるかもしれないヤバい奴に気づかれずに済む確率も上がるかもしれない」


「うむ。だが知っておかねばならない案件でもあるので三番目、か」


「そうだよー。怖いのは知能を持った存在。わたしたちはこの世界の異物。どこに何がいるか、どんな施設があるか、もしく何もないのかは最低限掴んでおくべき」


「人間も怖いけど、神話生物も怖いよね……」


「まあ、住人の血を引くわたしらって、実は神話生物なんだけどね。うふふ」


「さもありなん。精神強度の度合いも巷間の人間とは脳神経構造からして違うゆえ」


「使い勝手が悪いと言われても、魔力量さえ持ち得ればあんなクソ魔術でもそこそこ役に立つ。もちろん調子に乗るとSAN値直葬だけどね。わたしらが、という意味ではなく、周りの人間の正気度がヤバいという意味で。うふふ」


 わたしたちの一族では呪術や魔術は普遍的な存在として受け入れられている。

 根幹は、もちろんイヌガミである。


 ティンダロスの住人の血を色濃く持つ――乱暴に言い換えれば神話適性の高いわたしや美琴は当然の帰結で、魔術師としても成り立つのだった。

 と言ってもイヌガミ使いは魔術行使などせずに、イヌガミの能力単体で大抵が代用してしまえるのだが。咲子は残念にも才に恵まれなかったけれど、しかし魔術的な現象は見慣れた日常としての、強固な精神耐性を持っていた。


 分かりやすく解説するに、仮にテーブルトークゲームなどでキャラシートを作るとすれば、わたしたちの職業欄はこうなってしまう。


『学生/狂信者/イヌガミ筋/住人の血を引くモノ』


 学生とは本来大学生を意味するが、分かりやすさ優先で立場を表したもの。

 狂信者は、そもそもイヌガミ筋とはその強大な能力を忌み嫌われた故のもの。

 イヌガミ筋は、本来は視力を捧げてイヌガミと共生するのがわたしたちだから。

 住人の血は、もはや語るべくもない神話生物に属するティンダロスの血統。


 あなたとは違うのですよと、昔どこかの政治家が何かの拍子で放言したが如く、わたしたちは、あなたたちとは『ちょっとだけ』違うのですよ、なのである。


 みんなちがって、みんないい。――童謡詩人、金子みすず氏。


 例え方がそこはかとなく不味いかもしれないが、同時にわたしたちは曲線時空の人間でもあるので、少しばかりふざけた感じで迎合の意を表したい。

 この機微、欠片でもいいのでぜひ察して頂ければと切に願いたい。関係ないがわたしはあの『あなたとは違う』AAアスキーアートネタTシャツは二枚ほど持っている。


 ひとまず今日すべき行動は決まった。

 昨日は、五日間とはいえ生き抜くための最低限の準備に奔走した。

 すなわち、水、拠点、火である。

 今日からは現環境の維持、可能ならその向上、並びに食料の調達である。


 ああそうだ、とわたしは思いついた。


「せっかくだからTODOリストをメモに取っておこう」

「うむ、忘れないように書いておくのはいい考えだ」

「というわけで、どこにやったかな――見っけ。この油取り紙をメモ帳代わりに」


「……タマキよ。お前の珍奇な行動は慣れてはいるが、なぜそのようなものに」

「だってこれ、百均で買ったんだけどちーっとも額のアブラを吸わないんだよねー」

「メモ帳、あげるよ……?」

「うん、ありがとうミコト。でもこの紙、枚数だけはあるからね。無駄に百枚も」


 ペラペラのフィルム状の紙片とはいえ、ペンで書き込む分には問題なく使える。というのも現状では資材を無駄にしたくなかった。

 本来的な目的に用をなさない物でも、それをもって代用できるなら、そちらから消費していったほうがいいだろう。


 わたしは今日すべき内容をすべて油取り紙に書き込んで、用紙入れにしまった。いずれ元の世界に戻ったらこのメモから手記風の小説にでも仕立て上げようと思う。


「よーし、それじゃあ、いっちょやりますかー」





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