第101話 あっさりにして濃厚なウサギ鍋。ところによりアマゴの串焼き その7

 画像は朝の登校風景だった。これも超望遠カメラで隠し撮りされたものだろう。


 われらがボンクラ女子高ではない、超難関進学校ミスカトニック大学付属高等学校の女子制服を着た、さっき見たメイド服の美少女が写っている。並んで、滅多にないほど愛らしい顔立ちをした、銀髪碧眼の幼女と仲良く手を繋いでいる。


「この子……マジ、ヤバい。地球がヤバイ。太陽系もヤバイ」


 神懸かった美というものは、実際に存在しうる。

 ずっと、見ているだけでも深い満足感を得られるような。

 ただし、継続してSAN値を削っていく。それはそういうものなのだ。


 人の域を超えた美というものは、それこそ、人の心を虜にする。


 APP十八が、人類の限界。十億人に一人のレベル。そこから先は人外世界。

 APP十九は辛うじて人の身で耐えられる。ただし長く眺めると狂気に堕ちる。 

 APP二十は見たら終わり。もうSAN値即堕ち。その美で世界が獲れる。

 APP二十一は見たら狂死する系の美。大地母神リリスの美がこれにあたる。


 写真の少女は、限りなく二十に近い十九とわたしは見る。

 だってずっと見ていたいもの。触れられなくてもいい、美しさを愛でたい。


 さらに最悪なのは、彼女と手を繋ぐ銀髪のニンフェットだった。

 名前は響ちゃんという。見た目は、十歳にも満たぬような幼女である。

 昨年十二月に起きた隷属解放の事件にて、われらが一族の南條公平に纏わりついていた幼き姿の『邪神』だった。だが、今、それはどうでもいい。


「やべえ、震える。エロい。心が、勃起する。この女、やっぱ人間じゃない……っ」


「この、彼は、愛宕恵一くんだ」


「えっ、あの子? むしろそれなら双子の妹では――ああ違う、あの子の妹は、この春に交通事故で亡くなってたっけ。いや、待て。いや、それ以前に。うわ、わけわかんない。確かにあいつは咲子お姉ちゃんを惑わしたけど、これは、もう、別人」


 SAN値がごっそり減った気がする。それほどの衝撃だった。


 以前にも書いたように、愛宕恵一は美琴の家のすぐ近所に住んでいる、わたしより一つ下の歳の美少年だった。咲子を無謀な進学に走らせた、否、あれは咲子の勝手な暴走であって彼は悪くはないのだが、それほどまでに麗しい『男の子』なのだった。


 そんな彼には双子の妹がいた。


 まるで鏡合わせのようにそっくりで、兄妹の入れ替わりができるのではと思えるほどだった。わたしの主観では、彼を美的数値に直すとAPPが十六、宝くじの一等を当てるくらいの確率の、耽美耽溺の美少年――のはずだった。


 しかしこの画像の中の『彼』は何だ。たかが写真画像のはずが、掻き立てられる淫らな気持ち、ムラムラと燃え上がるような性的欲求は!


「――


 言ってからわたしはハッとして口をつぐんだ。

 くどくても書く。やはりこの写真の彼は、人間ではないと。


「タマちゃん……?」


 心配そうに美琴はこちらに声をかけてくる。わたしは彼女の方へ向き直り、頭にやっていた腕を回して、抱きしめた。そして深呼吸する。


 美琴の体臭を肺一杯に注入する。


 少女の体臭がいい匂いなど、モテない童貞男の幻想に過ぎない。その良い香りの正体は、主に髪の毛に付着したシャンプーの香りだ。


 しかし美琴はわたしと同じく、昨日今日と風呂に入っていない。水浴びはすれど汗臭さは隠しようがない。だがそれは、慣れ親しんだ、本当に安心できる『良い』匂いでもあった。ああ、この嗅ぎ慣れた少女臭。イイ匂いなのじゃあー。


「……サキ姉ちゃん、せめてその写真だけでいいから、削除して」

「な、なぜだ」


「そいつは人間じゃない。見目麗しい魔性となると、まず上がるのが女神リリス」

「ああ、リリスなら恵一くんと嬉しそうに手を繋いでいる幼女がそうだ」


「その銀髪邪神ロリなら知ってる。隷属解放事件から妙な感じにつき合いがあるし」

「いや、その幼女とはだ。写真の子は、太古の大地母神リリス」


「……どうやって調べたの?」

「この子の口から直接。厳密には、わたしが立てた、男の娘を愛でる『少年アリス同盟』の、比類なき同志たち経由の情報となるが」


「なんかお姉ちゃんが秘密結社っぽいものを作っちゃってるー?」


「幼体ゆえにギリギリ人類の範囲内のAPPで留まっている。そしてお前が言う邪神サマだが……南條公平に纏わりついているんだったな。あれはヴェールヌイ・ウラジミーロヴナ・ナボコワという。恵一くんの一個上の学年に在籍している」


「なるほど、また分身したと。いくら強力な神性でも一つの相を永続的に分けるのは色々とキツそうだと思うんだけど。つーか、どこの露助よ。ナボコワとか……」


「違うというに。単なる分身ではなく、別な柱と言っておろうが」


「うーん、なんか変なところで互いの主張が平行線だね。とにかくサキ姉ちゃん、その画像は消す。人の限界を超えた美の存在など、見るだけで心が乱れるからね」


「う、うむむ……」

「じゃあ尋ねるけど、彼を見てサキ姉ちゃんは何を思った?」





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