第8話 百巡目のデッドエンド その7

「苔の一念、いつか通るといいわね」


 にこっ、とレンはその場にふさわしくない清浄な笑みを浮かべた。


 黄金比に祝福されたような美貌が、笑みと言う歪みを経て――、

 この世ならぬ狂気を纏う。正気度が、失われる。


 こいつが、わたしの死となるのか。

 こんな、規格外の怪物に、殺されるのか。


 意識なく、口の中で呟いていた。そして、嫌だ! と思った。


 わたしはサバイバルナイフの中空ハンドルに紙片を戻そうとした。が、緊張と恐怖に晒されて思うようにいかず、紙片をぶちまけてしまった。


 一瞬、迷った。拾うべきか逃げるべきか。


 よろめいて一歩足を踏み出す。どん、と首の後ろを押されたのだった。

 そして転んだ。激しく顔を地面にぶつけて、一回転した。


 十年前に失踪した、母の事実上の形見のペンダントが、遅れて地面に落ちた。


 はっ、とした。何かがおかしい。この違和感の正体は、一体。


 目で子細を確かめる。そして気がついた。

 ペンダントのチェーン部分が、切れていなかった。


 そんなバカな。

 チェーンの長さは首周りに合わせてあり、抜け落ちるはずがない。

 ならば、なぜ、切れずにペンダントが落ちた?


 わたしは呻いた――はずだった。しかし声は出なかった。


 そして、さらに、もっと大きな違和感が。

 こちらに背を向けて、たよりなく歩く少女を、わたしは見た。


 水道の蛇口を勢いよくひねったような音が聞こえる。

 とても、嫌な音だ。


 わたしと同じ女子高の夏季制服に身を包んだ彼女は、若干前のめりの姿勢だった。


 彼女の太ももの辺りは液体で濡れていた。

 しかもかなり勢い良く走ったらしく、跳ねた土が液体のせいで泥のように脚に付着していた。おまけに、片方の靴がなくなっていた。


 あれは、まさか。


 自らに仕込んだ魔術、『被害を逸らす』には、まったく反応がなかった。

 思う間に、少女の背中は、五、六歩ほど歩いて膝をつき、横に倒れた。


 昔、これとよく似たものを見たことがある。


 鶏を屠殺する際に首を落とすと、身体だけタタタッと走って、絶命するのだった。


 つまり。さっぱりわけがわからないが、客観的に見れば。

 わたしは、首を切断されて、死――。





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