第111話 隷属解放の乱事件 探索 その1

 地下階への入り口は、人目のつく地下鉄駅構内から侵入するわけにはいかない。


 大規模地震災害時などに想定されているのだろう、動物園前駅と天下茶屋駅の中間点、かのあいりん地区こと釜ヶ崎を南に抜けた地下鉄経路の真上――多少は治安が良くなったとはいえ危険を避けるために地下鉄天下茶屋駅から北上した、地上に特設された緊急時昇降口から入ることになった。


 この施設、一見すれば頑丈な柵に囲まれた倉庫のようで、内部は総コンクリ仕立ての構造体に支柱が黄と黒の虎柄に塗られた螺旋階段が地下に向けて潜行している。


「日本は地球上の火山の一割を集めた地震国や。でもって、地下は地震に強いねん」


 最強は、ずっと空中に浮ていることやけどな、と犬先輩は無茶なことを言う。


 薄暗い非常灯の元、サングラス型の暗視スコープをつけたわたしたちは螺旋階段をなるべく音を立てずに降っていく。いきなり余談ですまないが、響はこのスコープを嫌がって着けたがらなかった。理由は実にくだらない。甘えているだけだった。

 

 スコープをつけさせたかったら、ちゅーしてくれ、とのこと。

 ちゅー、つまりキス。これにはわたしも苦笑した。


 まさか犬先輩こと南條公平が、本当に響と口を吸い合うとは、思わなかったが。


「美幼女と濃厚キッスとか、アンタは児童福祉法違反とかでタイーホされるべき」

「こいつの正体を知っててわざと言ってるやろ。あと美幼女ってなんやねん」


 当の響は上機嫌で犬先輩と手を繋いで階段を降りていた。

 この邪神、本気で犬先輩のことが好きらしい。中身は混沌の地の精である。何と言うか、ロリな姿と混沌の邪神が噛み合わな過ぎて違和感が半端ない。


「愛があれば、邪神だって」

「自分で邪悪な神と言い放つか。というか響、アンタわたしに慣れてきたのね」

「わたしのお兄ちゃんは誰にもあげないんだから」


 いらねえよ、と思う。それはもう、心の底から。

 確かに犬先輩は見た目は最高だ。APP十八は人類限界の美の極致である。しかし似非関西弁と、何よりニヤニヤした道化の表情が生理的に無理だった。


「それで、地震に強い地下がどうしたの」


 わたしは話題を引き戻した。


「地下で怖いのは水没や。ただし大阪は大半が海だったのを踏まえ、治水対策は古代より何度も何度も施行されてきた。埋め立て地ゆえに平地が続くってのもあるが」


「そのココロは?」

「この緊急用出入り口、突貫で作られて、つい一か月前に出来た。地下鉄の浸水対策として。一応、理屈としては筋は通っている。やけど、タイミング的には不自然や」


「つまり公的な何かも焔神会と密接に関わっていると?」


「まあ、はっきりしたことまでは分からん。だが、可能性としてはあり得る。もしかしたら幻術か何かを使って上級公務員とすり替わっていたりとか、な。……焔神会の信者共の見た目は、全員一応は人間やで。これ、十中八九、幻術使ってるからな」


 そのとき、気配なくスルスルと良司がわたしの横に来て、あるものを手渡した。

 それは冷たい金属製の、掌に乗る程度の細く小さな円筒形の何かだった。


「うん? 何? 薬莢? ゾンビをぶっ殺すハザードなゲームで見た覚えが」

「それは自衛隊で主に使われる八十九式、五・五六ミリ小銃の薬莢です」


「えっ、なんで? 自衛隊がこの地下で活動を? 何に向けて撃ってるの?」


「いえ、必ずしも自衛隊が使ったわけでは。政府が認めた、一般的には特殊部隊とされる組織も、いくつかが該当の小銃を使用しています。木を隠すなら森ですよ。特殊部隊は、特殊がゆえに存在を内外に明かさないのが基本となりますので」


「確かに、アメリカのデルタフォースも、公式上は存在しないことになってるね」


 あの対テロ特殊部隊。小説や映画、Wikiにも載っていて組織の沿革まで記されているのに、国が認めないので『表向きは』存在しない扱いの部隊なのだった。


「持ち帰ったのは一つだけですが、実は地下鉄の経路上にはかなりの数が落ちていました。たとえ、ここで極秘の訓練を行なったとしても使った薬莢は必ず拾って帰ります。では薬莢が落ちたままとは? あるいは実戦か? となれば、超古代の遺跡に棲みついていた存在は、一体なんだったか。彼らは、何に向けて、撃ったのか?」


「げえっ。状況開始済み? 犬先輩、乙女なわたしをそんなのに引き込んだわけ?」


「お前さんなら、五・五六ミリ銃弾なんて十字砲火されても別に屁でもないやろー」


「わたしが撃たれて平気とか言うな。こちとら花も恥じらうお年頃の女の子よ。カプコンの戦場の狼みたいな現場に放り出されてどうしろってのさ」


「いやいや、どっから見てもSAN値直葬バリバリの野生の女子高生やん。つーか、核爆弾が頭上に落ちてもお前さんなら普通に生き残るだろ。まあ、花も恥じらうのは認めてやる。イヌガミ筋の血が入ると不思議と美形が生まれるからなー」


「自分への評価が色々とヒデェや……」


 わたしたち三人と一柱、犬一匹は螺旋階段を降り切った先の、薄暗い非常灯の灯る小部屋にたどり着く。良司がスッと前に出て、地下鉄線路へ出る扉に手を当てる。


「……大丈夫です。人の気配は外にはありません。ただし、鉄道は頻繁に通り抜けますので、慎重かつ迅速に遺跡との接合点へ向かいましょう」


「リョウジさん道案内お願いしまっせ」


 薄闇の中、暗視スコープを通して見えるのは緑が主体の単色世界だった。良司、わたし、響をおんぶした犬先輩、柴犬のセト。小走りに地下鉄線路の側道を抜ける。


 幸いにして電車は脇を通ることはなかった。


 数分ほど走ったところで、よほど注意しなければ気づかないような――、

 これは大げさではなく本当に、単に眺めているだけだとその面に対して深い影を落としているとしか判別できない、柱の陰に出来た空間の接続点があった。

 二次元的に描写するなら、線路を長方形として、その側面に別な四角形の角が僅かに刺さっているような感覚である。うーん、余計にわかりにくいか。


 兎にも角にも、空間の接合点とはあくまで座標的な便宜上の表現であり、実際のところは空間次元における『立体面と立体面』の繫がりなのだった。


 眼前に人ひとりが余裕で抜けられる幅と高さを持った『接合点』がある。良司が先行し、手招き、わたしが入り、犬先輩たちも入る。


 いよいよ、超古代を冠する遺跡へと侵入をかけるのだった……。







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