第112話 隷属解放の乱事件 探索 その2

 内部は地下鉄線路と同じく暗く、そして細長い構造をしていた。

 壁は、これは一体どんな材質で出来ているのだろうか。

 コンクリートとも、プラスチックとも言えない、不思議な触感がある。


「超硬質のセラミックやな。焼結体ってヤツ。いわば陶器とかの焼きモンや」

「これ全部が? さすがは超古代遺跡ってやつかぁ」

「さ、行きましょう。僕の調べでは、少し行ったところに一応の出口があるんです」


 わたしたちは、遺跡内を、なるべく音を立てずに駆けていく。


 入って体感で百五十メートルほど走ったか。目の前に観音開きの扉があり、そこを抜けると見通せないほど高い天井の、やたらと広大な場所に出た。


 ここが、超古代の遺跡内部……か。

 万年単位の年月を経た、謎めいた遺跡。その群居。


 壊れた機械らしき得体の知れない塊や倒れた柱、よく見れば線路のような二本の筋が散見された。もしかしたらこれが噂の『第三の天下茶屋駅』への線路? いや、真実も事実も闇の中。あくまで噂は噂に過ぎない。テキトーに喋っても、噂は噂だ。


「街一個が丸々入りそうね。あと、意外と空気が澄んでる。ここが地下だなんて」

「しっ、黙って。皆さんここで一旦停止で。何か聞こえてきます」


 先行する良司が静かに警戒を露にした。


「これは、銃声。発射される銃弾のテンポと音から察するに、八十九式、五・五六ミリ小銃。何かと交戦しているようです。いや、違う。何かを追っているようです」


 事実、銃声がだんだん大きくなってきているような気がする。それに、何か……。


「……銃声に笑い声が混じってない? キッツい薬でもキメたような、イギリス人が最高級の紅茶をキメたような。パンジャンドラムでも転がってきそうというか……」


「パンジャン……あなたのその英国人への偏見は一体……。ま、まあ、ええ。ならばこそ、なおさら隠れてやり過ごしましょう。戦わずに済むのが一番です」


「確かに……って、リョウジさん、動画で見たNHKニュースのスッと消えるディレクターみたいに存在を消してるじゃん。おのれニンジャ。やはりニンジャは汚い」


「別なネタが混じっているようですが、それよりも早く隠れてくださいね?」

「あ、はい。ごめんなさいニンジャさん」


 やんわりと叱られた。


 振り返れば犬先輩と響と柴犬のセトは、彼が取り出した一枚の漆黒の布を被ろうとしているところだった。そして、彼らは完全に闇の中に消えた。


「うわ、なんじゃそりゃ? このスコープといい、ドラえもんの秘密道具か何かっ」


「被ったのはベンタブラックを塗装した特殊断熱マントや。光を九九・九パーセント吸収する。やけど、すまんがこれ以上は定員的に無理。頑張って隠れてくれ」


「げぇー、わたしだけボッチなハミ子かよ。入れてくれよぉ、もー」

「マジですまん。俺と犬と幼女で満員なんや……」


 闇の中から声だけが返ってくる。


 ベンタブラック。漆黒の中の漆黒。さながらブラックホールの闇の中。


 はあ、と息を吐く。


 わたしは四方を見回した。単に気配を殺すだけならまだしも、かくれんぼはあまり得意ではないんだよなぁとぼやく。人がこの状況のわたしを見れば、そんな余裕あるのかと怒られそうだ。が、さにあらず。人間、こういうときこそ冷静さを保つのが一番なのだった。慌てず、騒がず、平時の心持ちで隠れる。


 どこから崩れてきたのか見当もつかない、ひときわ大きく、ゼンマイ仕掛けのようなネジとバネとシリンダーが多数絡まって錆びた、用途不明の機械が目についた。


 わたしは、その陰に身を隠した。


 銃声はじわりじわりと大きくなっていく。

 逃走者をいたぶるような、根性を腐らせた笑い声も大きくなっていく。

 声は複数あるようだ。少なくとも三~四人はいるのだろう。


 今、すぐ近くで何かが跳ねていくような音がした。どうやら跳弾したらしい。

 さすがに恐ろしい。これが怖くないと思える人など早々いない。


 念のためわたしはふたつ使える魔術の内の『被害を逸らす』を唱えておく。

 体内で、自己の魔力を円形に加速させ始める。

 これは魔力を練るとも表現される。

 念を入れ、物理学の荷電粒子加速器の如く、超高速で循環させていく。


 足音が聞こえる。合わせて荒く呻く声も。

 その、もう少し後方から、散発する銃声とケタケタと嘲笑う声が。


 詳しくは隠れていてわからないが――、

 どうやら『それ』は追われ、銃で撃たれ、なぶられながら逃走を続けているらしい。まるで猫が捕らえた獲物のネズミを玩弄するように。


 しかも運の悪いというか、黒い女神に微笑まれたというか。『それ』は追撃をかわすため、わたしの隠れる機械の陰へ身を隠そうとしているようだった。






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