第113話 隷属解放の乱事件 探索 その3

「あ、ここ、入ってます」

「うわっ。ど、同胞か? すまない。しかし緊急事態ゆえ、かくまってくれまいか」


 飛び込んできた『それ』の声は、バリトンの人間男性の声だった。


「同胞じゃないけど、いいよ。早くこっちへ来て身を伏せて」

「む、人間か。なぜこんな危険な場所に。早く地上へ逃げたほうがいい」

「そういうわけにもいかないのよね。わたしはわたしの同胞を助けに来たんだから」


 追撃者を躱すべく隠れてきた『それ』は、見事なモヒカン頭をしていた。

 獣のようなニオイ。いや、これはどこかで嗅いだ、美味しい匂いだ。

 はて、なんだったか……? まあ、今はそれどころではないか。


「食屍鬼にしてはえらく紳士だね。いいわ、ついでにアンタも助けてあげる」


 さらに気になるのが、この彼、前情報の通り土建屋のような作業着姿なのだった。


「われらのことを知っているのか。ならばなおさら逃げたほうが良いと思うが……」

「これ、アンタの体臭だよね。さっきから美味しそうなニオイがするんだよね」

「わ、私から? 私は、その、見た目も悪いし美味しくないと思う……」


 食屍鬼の彼は言って小さく呻いた。

 わたしに恐怖したのではない。傷が痛むらしかった。


「どこか撃たれてるの? じゃあ追撃者を処理したら、治癒してあげる」


 そういってフラリとわたしは機械の陰から身を乗り出した。


 実はこの間に追撃者であろう足音の数も察知していた。

 その数、四名。


 彼らは迷うことなくこちらに向かってくる。装備は良司から聞いた自衛隊御用達のアサルトライフルが主になろう。だからといって彼らが自衛隊とは限らないが。

 ついでに言って、おそらくは彼らも暗視装置を装備しているはずだった。食屍鬼の彼がここに隠れたのは先刻承知していると見て良い。


 そんな状況で、一人の女の子――わたしが出てくるわけで。


 狩りを楽しんでいた追撃者は、予想外の人物に驚いたらしく動きを止めた。


「――なんだお前はっ?」

「ただの迷子の超絶美少女だよ。地上まで身の保護を求めたいんだけどね?」


 ガチャ、と四つの銃口が一斉に向いた。その迷いのなさに、逆に感心してしまう。


 遠慮の欠片もない殺意が、わたしに突き刺さる。


 なるほど、なるほど。実にクソッタレだ。


 わたしを殺すつもりでいるなら、こちらも同じつもりでいて良いよね。

 相手を殺すというなら、自分が死ぬことも覚悟できているはず。


 声と足音から判断した通り、彼らは四人一組だった。

 都市迷彩戦闘服にボディーアーマー、コンバットブーツ、頭部には暗視装置、メイン武器にくだんのアサルトライフル、サブにナイフと閃光弾を装備している。


「暗闇の中で平然と立つ奴がただのメスガキなわけがあるか。お前は、なんだ?」

「おや、オジサンたち耳の遠いのかな? 繰り返すのって面倒だわ」


「……。まあいい。手を上げろ。武装しているなら解除しろ。これは、警告だ」


「オジサンたちの自衛隊っぽい装備からして、何はともあれ公僕でしょ? 公衆への奉仕者。すなわち公務員。守るべき国民に銃を向けるとかバカなの? 死ぬの? それともオジサンたちって、公僕じゃなくて某宗教団体みたいなテロリストなの?」


 わたしは一歩近づいた。銃口はこちらの動きに正確に合わせてくるのがわかる。


 互いの距離は、目算で二十メートルほど。


 四人のうち一人だけ右腕に腕章を入れていて、目星をつけたわたしはそいつの神経をわざと逆撫でする言動を取った。四人組のリーダーは、この腕章の男。さて、もう少し刺激しないといけないようだが、どうしたものか。


「俺は、手を上げて、さらに武装を解除しろと言った」

「公僕なら国民に銃は絶対に向けない。ならばオジサンたちはテロリストかな」


「最後通告だ。手を上げて、武装を解除しろ」

「また毒ガスでも撒くつもりかしら。サリンとかさー。ヤバいよねー」

「ああ、もういい。ならば死ね」


 と、同時にそいつはわたしを撃った。一瞬遅れて、残りの三人も引き金を引く。

 四人ほぼ同時の斉射である。良く訓練された、迷いのない射撃でもある。


 だが――。


「ざっけんな。そんな赤ちゃんのチンポコみたいな弾丸でわたしを殺せるかよぉ!」


 わたしは叫んだ。

 対面して銃口を向けられ、明確な殺意を受けた時点でこちらの胎も座っていた。


 闘争である。人は戦いに対して二つの行動をとる。

 すなわち、一つは怯えて逃げること。もう一つは、そう、立ち向かうこと。


 わたしは自己の能力を理解している。特に胎が座ったときの自分のヤバさ具合は。

 こと、殺し合いで本気になったわたしに、銃弾など無意味だと。





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